Pepperoni Quattro

Apr 22

大学院・研究者を目指す人へ

 

以下の文章は、Hal Whiteheadのゼミで読むべきものとされていたものを日本語訳したものです(訳の間違いは天野に責任があります。見つけられたらご連絡を)。実は、アメリカの生態学系の大学院では広く読むことを奨められている文章のようです。大学院に進んで、研究者を目指すときに重要な点がいくつもストレートに述べられています。観点がやや異なる二つの文章がありますが、結局言っていることにあまり違いはないように思います。日本とアメリカの大学院というシステムの違いもありますし、若干古い文章で現状とは合わなくなっている点もありますが、私の研究室のみならず、どこの大学ででも海棲哺乳類の研究を目指す人にとって重要な指針となるものと思います。大学院進学を決める前に目を通しておいて損はないでしょう。少なくとも私の研究室に大学院生として進学を希望する人は、研究者を目指す心構えで来て欲しいですし、入学すればそのように扱います。海棲哺乳類の研究は長い時間がかかるのが普通ですから、修士で終わることは最初から考えないでください。この他にSociety for the Marine Mammalogyから出ているStrategies for pursuing a career in marine mammal science(三重大吉岡研に翻訳がある)も重要です。


大学院生への「ささやかな」アドバイス


Stephen C. Stearns

Professor of Zoology 

Zoologisches Institut der Universtät Basel 

Bulletin of the Ecological Society of America 68 (1987)


常に最悪に備えよ

ちょっとだけ賢明に将来を考えることで、大学院における最も大きな悲劇を避けることができるかもしれない。懐疑的になりなさい。あなたがやろうとしている研究がうまくいかなかったり、指導教員がちゃんと指導してくれなかったり、ときには関係が険悪になったりしたときのことを想像しておきなさい。そんなときのために次善の策を考えておきなさい。


誰もあなたのことなんか気にかけない

学生を気にかける教授もいればそうでないのもいる。たぶん大部分の教授は気にかけてくれるだろうが、みな忙しいし、時間がなくて実際は十分指導してもらえないかもしれない。頼れるのは自分だけだという状況に慣れておいた方がいい。このことはとても深い意味がある。重要な点を二つ挙げよう。


1.早い時期に自分の課題に自分で責任をもつ決心をしなさい。学位はあなた自身でつかみ取るものだ。あなたの指導教員は、アドバイスしてくれるし、ある程度は事務的なことや研究経費について面倒をみてくれるかもしれないが、あなたがなにをすべきかということは言ってくれない。それはあなた自身にかかっている。アドバイスが欲しい場合は、そうはっきり言いなさい。アドバイスするのは教員の役目だ。


2.誰かの助力が欲しければ、その人のところに行きなさい。その人からあなたのところに来てくれることは決してない。



あなたは自分の研究がなぜ重要なのか分かっていないといけない

まず最初は、広く、徹底的に読んだり考えたりしなさい。著者が言っていることが重要だと確信できるまでは、読んだことはすべてたいしたことではないと考えなさい。理解できないことがあっても、気にする必要はない。それはあなたの問題ではなく、著者が明快に書いていないことが問題なのだ。


偉いヒトに、あなたはなんの講義も取ってないし、データも取ってないので、何もやってないと言われたら、なんのことだと言ってやりなさい。そいつがそこにこだわったら、自分が何してるか分かってるならとっとと失せろ!と言ってやれ。


ただ読んだり考えたりという段階は、なにも研究をしていないという罪悪感から、やり遂げるのが難しい段階かもしれないが、常に自分で「今何をしているのか」を問いながら、忍耐強く続けなさい。この段階こそ、あなた自身の成長のため、そして科学に新しい考えをもたらし続けるために、非常に重要なのだ。ここであなたは、なにが重要な問題なのか判断しなければならない。あなたが自分自身でこの判断をしなくてはならない二つの理由がある。一つは、誰かにもらった課題をやるのだと、あなたはそれが本当に自分のものであると感じることができない。自分の課題だと感じることで、その研究がしたいと思うし、批判に耐えて戦う力もでき、美しい結果を出すことができるのだ。もう一つは、あなたの博士論文の研究こそ、あなたの将来をつくるものだからである。あなたが生涯にわたって取り組む分野を選ぶということなのだ。科学を推進するためにも、あなたがよく考え抜いたことを始めるということが重要だ。あなたは研究における全く新しい部分を始めることができる。なぜそうするのかを知らずに、本当に理解せずに、データを集め始めたとしてそんなことになんの意味があるだろうか。


心を鍛えることが最大の防御

大学院に入ったら早い時期に、どんどん出てくるであろうさまざまなやらないといけないことに打ちのめされないように、精神的な強さを鍛えておかないといけない。注意しないと、カリキュラムや教育におけるプレッシャー、語学力の必要性とか他人と比べられることのプレッシャーによって、あなたはブラウン運動する分子のようにふらふらと自分を無くしてしまうだろう。注意しておかないといけない点には以下のようなものがある。


1.博士の学位には通過儀礼のような性質があり、そしてあなたの人間としての価値も決まってしまうと思わせるほどの力がある。あなたがどれだけ一生懸命やったかにかかわらず、このことから逃れることはできない。他の皆にとっても同じだ。これは博士論文をクリアするのに、決まった基準がないということに基づいている。あなたは「よい」博士論文とはなにかを自分で決めないといけない。論文はいくらでもよくすることができるので、可能な限りの修正をするとすれば、それを永遠にやり続けることになる。


だから、「完璧な」論文などできないのだと悟らなければならない。なんにでもそうであるように、欠陥はかならず見つかる。あなたが得ることのできる限られた時間、お金、エネルギー、励まし、思考の範囲内で、できるかぎり良いものをつくるようにすることだ。


早い時期に、はっきりしているハードルを飛び越えておけば、この問題は軽くなるだろう。授業や試験はできるだけ早い時期に受けて終わらせてしまっておくことだ。こうすることで、後は論文に集中できるということだけでなく、ハードルをうまく越えたということが、自信につながる。


2.自分を卑下することからは何も生まれない。一人の研究者として扱われるように期待し、かつそうされることを求めよう。論文を書くということは、超えねばならない明らかなハードルだが、目に見えないハードルは、研究者としての位置に達することだ。研究者として振る舞え。そうすると研究者と見なされるようになるだろう。


3.大学院は、自分を成長させるためにあなたが持っている道具のひとつに過ぎない。より良い状況があれば、しばらく大学院を離れるということも考えよう。そうする三つの理由がある。


まず、あなたが大学院でできるどんなことよりもずっと実りとやりがいがあり、大学院を中断しないといけないほど時間がかかることへ挑戦するチャンスがめぐってくることがある。たとえば、あなたの博士論文には直接関係ないプロジェクトでアフリカのフィールドワークに参加することや、コンピュータソフトの開発に関わることや、政治の世界で科学政策の立案の仕事をする機会、科学記者として大手の新聞や雑誌でインターンをすることなどが挙げられる。


次に、いつでも中断できると考えることで、大学院生として本当に独立した個人でいられる。大学院だけがすべてだと考えてしまうと、精神的に不安定になったり、やや絶望的になったり、不安になったりして、ベストを尽くせなくなってしまうことが起りうる。


最後に、物事が本当にうまくいかなくなったとき、大学院にとどまっていると、ただ自分を傷つけ他人の能力を否定することになる。人生には科学者になること以外にも面白いことが山のようにあり、その中には就職率もずっとよいものがある。科学者が向いていないと思ったら、他のことを試すべきだろう。しかし、これは難しい決断だし、煮えきらない状態でやめてはいけない。決心する前に、友達の大学院生や、親身になってくれる指導教員に相談しなさい。


講義を受けるのはやめよう。多くは役に立たない

あなたが自分の研究分野で十分な基礎知識を身に付けたなら、取らないといけない授業は最小限にしなさい。このアドバイスは直感に反するかもしれないが、確固たる理由がある。今すぐあなたが学ばないといけないことは、自分で考えるということだ。このことは物事に積極的に関わるということが必要で、受動的に聞いたり、聞いたことを反芻したりすることは必要ない。


考えることを学ぶためには、二つのことが必要である。一つは長い時間であり、もう一つは、自分よりもしっかり考えることのできる人とできるだけ一対一で話し合うことである。


授業カリキュラムは邪魔者でしかない。もしあなたにやる気が十分あるなら、講義を受けるよりも読んだり、議論したりすることの方がずっと効果があり、知識を広げてくれる。少数の同僚研究者と一緒に話したり、興味あるテーマについてセミナーを開いたり、そこに数名の教員に入ってもらったりすることの方が、普通はずっとよい。その方が楽しいだろう。結局、教員は興味を持てば、彼らはあなたがそうしてくれることをありがたがるだろう。なにしろ労せずに大学院教育ができるということなのだから。あなたが失うものはなにもない。


もちろんこのコメントは、特別な技術、たとえば電子顕微鏡、組織学、スクーバダイビングの技術、を教えてくれる授業には当てはまらない。


研究計画を書いて批判を受けなさい

研究計画はいろいろ役に立つ。


1.その年に考えたことや読んだことをまとめることで、自分がなにかを成し遂げたということを実感できる。


2.自分が時間を有意義に使ったことを具体的に示すことで、自分が自立できていることを示せる。


3.他人に助けてもらえるようになる。あなたの考えていることが、とても複雑であるいはとても微妙だったり、とてもたくさんの要素があったりして、口では説明できいことがある。そのときは、よく整理された、明瞭で、短い文章にまとめて、数名の親切な人に読んでもらう必要がある。計画書があってこそ、建設的な批判がもらえる。


4.研究計画書を書く練習になる。科学者はみな計画書を書いている。


5.研究課題がなになのかはっきりし、それが重要であることを確信したら、仲間の大学院生や指導教員に、あなたはバカではなく、援助すべき人間だということを確信させる必要がある。これを達成するための研究計画を書くには、


a.質問あるいは仮説の形で、研究目的を短く示す。

b.なぜそれがあなたにとってではなく、科学的に重要なのか、そのことはあなたの研究分野の全体的な体系のどの部分に当たるのかを記述する。

c.計画を具体化するような文献のレビュー

d.課題を、あなたが少しずつ取り組んでいく一連の小さな課題として記述する。それぞれのステージで、対立仮説を棄却するための実験、観察、分析を計画する。それを整理して、小さく分解する。大きな課題を、一連の小さな課題にすることで、常に次に何をすべきかが分かり、仕事を始めるときのエネルギーも低くできる。どの部分が時間がかかりどの部分が一番厄介かも特定することができるし、何かがうまくいかなかったときにどうすべきかのリストも手に入れたことになる。


6.全体の計画を台無しにするような起りうる重大な問題をリストアップせよ。そしてそれが実際に起ったとき、次にすべきこともリストアップせよ。


7.二つか三つの計画を立てておいて、同時に始めてみて、どれが最も成功する見込みが高いかを見てみるのは悪いことではない。あなたのアイディアを試すのにうまくいきそうなモデルが二つか三つ考えられるかもしれない、しかし、現実的にいくつかは却下されるだろう。二つか三つの計画を立ててやってみて、最初のが現実的な理由でうまくなかったというより、最初からどれかがうまくいかないことが分かったほうが効率的だ。


8.結果を発表する日を決めて、そこから逆算してスケジュールを立て、どのように時間を使うか決めなさい。このときにはものすごく不安に思うかもしれないが、心配する必要はない。最初はスケジュール通りに進むが、そのうちだんだんそうならなくなってくるはずだ。


9.読むことが終わってから、二三週間計画を立てるのに使いなさい。その後で、それに対しできるだけ多くの批判をもらいなさい。コメントが厳しいのはよいことだ。それにできるかぎり建設的に応えるようにしなさい。


10.そして仕事にとりかかろう。あなたはすでに、学位論文のイントロを書いたも同然だ。そしてまだたったの12から18ヶ月しか経っていないのだ。


指導教員をうまく使え

あなたがなにをしているのか常に指導教員に知らせておくこと。ただし邪魔にはならないように。邪魔者ではなく、興味深いやつだと思われるようにせよ。少なくとも一年に一回は、自ら進んで1−2ページの進展報告(プログレスレポート)を書くこと。指導教官はありがたいと思うだろうし、印象もよくなる。


人間関係の問題を予期して、それを避けるように努力すること。指導教授とうまくいかないときは、早めに指導教員を変えよう。最初に指導教員を選ぶときにくれぐれもよく考えること。最も大事なことは、あなたの興味と指導教員の興味が一致していることである。



学位論文のタイプ

すでに存在するが怪しい理論の先端をこね繰り回すのはやめよう。まっすぐ基礎に向かい、重要な研究分野の、示唆されてはいるがまだ確かめられてはいない考えをテストせよ。もしくは新しい研究を推進する基礎を作れ。もちろん他のタイプの学位論文もある。


1.伝統的なタイプの学位論文は、新奇な予測を出して、それを客観的に検証し、その仮説が不利な条件で成り立つか確認するという、演繹的な形のものである。これができるのは稀で、評価は高い。


2.重要な研究の基礎的な部分への批判。これも稀で、うまくできれば価値が高い。


3.純粋に理論的な論文。経験主義者が多くいる研究室では特に勇気がいるが、数学とか論理が得意であればやり遂げられるだろう。


4.だれでもまとめられるようなデータを集めた論文。学位論文としては最も質が低いが、いざとなれば、うまくいくだろう。ある種のヒトは、たとえ仮説が検証されていなくても、大量のデータがあるだけで感心する。少なくとも、結果はあなたが一生懸命がんばったことを示すようにすること。それで審査委員会から学位をゆすりとるのだ。


大学院生の数だけ違った種類の学位論文がある。上に挙げた四つのタイプは、良い論文、悪い論文、ひどい論文の例である。博士の研究は、さまざまな研究のスタイルを試して、どのスタイルが自分に合っているかを知る機会でもある。理論か、フィールドワークか、それとも実験だろうか。理想的には、どれもバランスよくできて、理論をデータ主義者に、実際のデータを理論家に教えてやれるような希有な人材になれればよい。


早めに論文を出版せよ

自分を甘やかすな。あなたは、植物や動物が好きだとか、自然に興味があるとか、真実を知りたいとかそんな理由でこの世界に入ってきたのだろう。しかし、論文を書いて出版しない限り、職はないし、この世界にとどまることもできない。きちんとした論文を、国際的に認められた査読のあるジャーナルに出す必要がある。それなしには、科学の世界では忘れられた存在になる。これは厳しく感じるかもしれないが、そうすべき理由があるし、楽しく挑戦しがいのあるものだ。科学とは知識を皆で共有するということだ。結果はちゃんと伝えられていかなければ、存在しないも同然だ。論文を書くのは仕事の一部だし、それなしに研究が完成したことにはならない。明瞭に、短く、整然とした科学論文を書く技術をマスターせねばならない。論文を書くためのいくつかのコツを挙げよう。


1.経験を積んだ誰かに共著者になってもらえ

興味がある研究をしている教授に近づいて、なにかお手伝いをして、そのかわりに共著者になってもらえ。教授は手伝いをありがたがるだろうし、自分が共著者になるとなれば、多くの良いコメントをくれるだろう。


2.自分の最初の論文に世界的インパクトがあるなどと思うな。どんな高名な人物でも最初はささいな仕事から始めているものだ。平均的な科学論文で報告される情報量は、思っているより小さい。一つか二つ短いが、よい論文をそれほど知られていないジャーナルに出し、それから有名なジャーナルを目指せ。ジャーナルの評判に関係なく、編集者はみな自分のジャーナルの質に誇りを持っており、それを維持しようとしている(もちろんそうすべきなのだが)のにすぐ気づくだろう。


3.研究計画がよければ、研究計画自体を査読のあるジャーナルに投稿せよ。もし出版できるようなら、よい研究分野を選んだということになる。


4.学位論文をモノグラフとして書くな。いくつかのそのまま出版可能な論文原稿の形で書き、できるだけ早く投稿せよ。そうすると学位論文のいくつかの章は出版論文の別刷の形で提出することができる。


5.Strunk and WhiteElements of Styleを買って使え。最初の論文を書きだす前に読め。次の3、4年の間少なくとも年に一回は読み直せ。DayHow to write and publish a scientific paperも優れた本だ。


6.投稿する前に、時間があって論文のアイディアや論理だけでなく、書き方についても批判をしてくれる誰かに読んでもらえ。


修士論文をみくびるな

修士論文を重視しないことに理由があるとすれば、それで何かができるようになったという普通は間違った自負を持ってしまうからということだけである。修士には利点がある。


1.もし、そうしたければ、違う大学院に行くチャンスになる。このチャンスを生かして、基礎知識を広げることもできる。さらに、研究を進めていくこの段階で、何が重要な問題かということについてあなたの考えが急に変わっていくかもしれない。誰がどこでどういう研究をしているのかということがどんどん分かってくる。大学院を変わろうと思ったら、修士の後がベストだ。前の大学の先生はあなたがやったことに満足するし、よい推薦書を書いてくれるだろう。博士論文に必要なものをほとんど持って移ることができる。


2.博士の研究よりも、冒険できるので、研究や論文を書くことへの得難い経験ができる。徐々に慣れていける。研究では、解決可能な課題はどのくらいはどのくらいかということが分かってくる。修士の研究をやりとげていたら、博士ではずっと気楽だろう。


3.論文を書くことができる。


4.急ぐ必要がある?早く就職しようとすると、十分準備ができていないということになる。少しゆっくりやって、ちゃんとした基礎知識を付け、より多くの広い経験を持つ人間として、自分を売り込んだほうが良い。


定期的に論文を出せ。しかしやり過ぎるな

論文を出さないといけないというプレッシャーは、ジャーナルの質も知的な生活の質もダメにしてしまいつつある。すぐ忘れ去られるような小さな論文を次々と出すよりは、質が高く広く読まれる論文をいくつか出すというのがずっとよいのだ。現実的にならなければいけない。ポスドクの地位を得るために、そしてさらに大学に職を得て、さらにテニュア(終身在職権)を得るためには、論文を出してないといけないだろう。しかし、本当に質のあるまとまりとして研究を組み立ていければ、それは自分にとっても研究分野にとっても良いことをしているのだ。


ほとんどの人は、本当に重要な論文をほんの数本しか書いていない。多くの論文はほとんど引用されないか全く引用されない。10%ほどの論文が引用の90%を占めるのだ。引用されない論文は時間と労力の無駄だ。量ではなく質を高めよ。これには勇気と粘り強さが必要だが、決して後悔はしない。年に一本か二本、考え抜かれた、重要な論文を査読のあるよい雑誌に出すならば、それで十分きちんと仕事をこなしていることになる。


謝辞(省略)


有用な文献

Day, R.A. 1983. How to write and publish a scientific paper. 2nd Ed. iSi Press, Philadephia. 181 pp. 思慮深くウィットに富んでいる

Smith, R.V. 1984. Graduate research - a guide for students in the sciences. iSi Press, Philadelphia. 182 pp. 完璧で実際的

Strunk, W. Jr, and E.B. White.1979. The elements of style. 3rd Ed. Macmillan, New York. 92 pp. 簡潔さの実例





大学院生への「ポジティブな」アドバイス


Raymond B. Huey

Department of Zoology Box 351800

University of Washington

Seattle, WA 98195 – 1800

Bulletin of the Ecological Society of America 68 (1987)



最初に

Sternsの論文に対し最初に思ったのは、それがSternsの基準なのだとしても、ネガティブすぎるだろう。とくに大学院教育をそれほどネガティブに捉える必要があるのだろうか。ということだ。


Sternsと私が漫画のような議論をしてから10年が経っている。われわれの古い考えを文章にするに当たって、Sternsと私は、その時の議論をそのまま残すように考え、それぞれの見方を提示し、当時の雰囲気を伝えるようにした。それは、我々の古い見方が正しいと確信しているからではなくて(私はSternsが少なくとも部分的には見方を変えてくれたのをうれしく思っているが)、大学院生であるということにはさまざまな見方があるということを強調したかったのだ。


私の主な論点は、大学院生に与えられた道筋は一つではないということだ。我々は個人として、個人の欲求と、目標と、能力と経験がある。ある学生に有益なアドバイスが、別の大学院生には最悪のものであることだってある。いろいろな見方で考え、疑問なくある考え方を受けれるのはやめよう。


前提

大学院は、あなたを読む人から、書く人に変える機会を提供する。これは実に大きな変化だ。もちろん、それは機会であるばかりではなく、挑戦でもある。



常に最良のことを考えよ

最悪のことを考えると、そうなりがちだ。前向きな態度になり、自分のやりたいことを決めて(TAになることとか、研究費をとるとか)、それを獲得しよう。必要なアドバイスや研究費が大学の外にあれば、そこへ出かけていこう。ただ指導教授にたよるばかりにならないように。つまり、受動的にならず、自主的に独立して行動するようにしなさい。



誰かはあなたのことを気にかけてくれる

あなたが専門家のように振る舞い、自分に自信があれば、人はあなたのことを気にかけるようになるものだ。人の役に立つ技術(多変量解析でも、電気泳動でも)を身に付けよう。しかし人に使われないようにしよう。


仲間の大学院生、とくに面白い研究を楽しんでやっている学生と共同してやることを探そう。仲間の大学院生とは共有することも多く、一緒にいる時間も長いので、指導教員よりも彼らから学ぶことの方が普通は多いものだ。つまり、他の大学院生とのやりとりを、違う見方や技術を得て、自分の仕事にわくわくする機会と捉えよう。


退職したあるいは退職が近いがまだ元気な教授を探そう。彼らは多くの知識と経験を持っており、暇があって、知識を分けてくれるだろう。さらに、あなたの研究分野のこれまでのことについて、彼自身の評価を教えてくれるだろう。科学というのは歴史的な活動でもあり、その進歩は過去の理解によって進むことも多い。


「深く」考えることについて

ある程度の科学的な知識としっかりした動機がないと、「広く深く」考えることは精神的に消耗することになりかねない。最初の年は、学科の勉強の不足をなんとかすることに当てられる(しかしできるだけとっとと終わらせること!)。さらに、学生によっては、自分で考えられるようになるまでに時間が必要ということもあるだろう。この自立に向けてのプロセスは、時には、指導教員が「渡してくれた」研究課題を始めることで、進むこともある。


しかし、最終的には、あなたは自分で考え、自分で研究を進めなければならないし、なぜその研究をしているのかを分からないといけない。


精神的な問題

精神的な問題は起きる。誰でも最初の一二年は、学問的な不安やストレスを感じる期間がある。ちょっとしたコツでそれは軽減できることが多い。


1.できるだけ早くやらなければならないことは済ましてしまおう。語学力をつけ、試験を終わらせてしまえば、大学院や研究に対する気持ちがずっと強くなるだろう。大学の教員は、学問的なハードルに怖じ気づくことなく、早く突破するような学生のことを必ず気に留めるものだ。


2.学問的に成熟するのに時間がかかる学生もいる。4年で博士課程を終わらないといけないという、要求やプレッシャーと戦わなくてはいけない。もっと時間がかかることもあるし、場合によっては休学が必要になるかもしれない。まず修士を終わらせることができれば、大学を代わったり、指導教員を変えると良いこともある。


プロになれ

自分のことを、残りの一生を生物学者として生きるプロフェッショナルなのだと思え。本や論文を集め、コンピュータにそのリストを作り、学会に参加し、講演にやって来る研究者に会い、同じような研究をしている研究者に連絡をとり、論文を出版したら別刷を送ろう。


単なる論文のレビューを含めすべてやったことは出版できるものとして扱え

あなたがしている以上に大学の教員はあなたをプロの研究者として扱うようになる。この意味で教員はいろいろなアドバイスをしてくれる存在だ。論文をどうやったら効率良く整理できるか、彼らの考え方や研究において影響を与えた重要な論文はどれか(彼ら自身が書いたものあるいはその他で)を尋ねなさい。その論文を読みなさい。そして推薦してくれた教授ととその論文について議論しなさい。(多くの大学院生は、指導教員や学部で同じような研究をしている教員の論文を読んでいない)。


あなた(そして指導教員)が努力しても、あなたは研究の同僚ではなく学生だと見なされてしまうこともある。だから、大学や学部の外にも、つきあう研究者をつくりなさい。そうすることで、自分の仕事や生物学についての新しい見方を得ることができる。他の大学に行って、同じような仕事をしている指導教員や大学院生に会い、(よければ)自分の研究について正規でないセミナーで発表させてもらいなさい。可能なら、ある学期をそちらの大学や実験施設に滞在して、そこの講義を受けなさい。とくに、その講義が特別だったり、あなたが一つの大学でずっと過ごしてきたときはそうするのがいい。外に接触することは、見聞を広げるだけでなく、共同研究やポスドクのポジション、時には職を得るチャンスを増やすことにつながる。


適当な学会に入り、大会に参加し、発表し、将来の研究仲間と知り合いになれ。学会は刺激的だし、なにが新しいのかを知る機会になる。さらに、「見知らぬ(あなたに共感をもってない)人々」の前で話す練習にもなる。


授業

あなたの研究分野とは違っていても、有名な教授の授業をさぼってはいけない。知識を得るような授業ではなく、考えさせるような授業をとりなさい。座学の授業も、自己鍛練ができていれば、その分野の全体を知る効率的な方法になる。


時間を節約する技術を教えてくれるような、短期の授業をとりなさい。多くの図書館は、文献検索のための設備を備えているし、ほとんどの大学では、コンピュータや統計ソフトなどの手ほどきが受けられる。このようなきわめて重要な技術をまだ身に付けていないのなら、すぐにタイピングとワープロの使い方を覚えなさい。



研究費の申請

研究費の申請書を書くことは、基本的な技術だ。教授から、うまくいった(時には失敗したのも)申請書類のコピーをもらいなさい。つまり、申請書を書く前に、良い申請書とはどういうものかを知っておくことで、時間の節約につながる。


過去の研究を勉強せよ。それを知って理解しているということを示せば、印象は良くなるし、研究分野でキーとなる問題を理解することにもつながる。


実際の申請書を書く基礎として、Sternsが言っているような下書きを作りなさい。多くの学会、政府機関、その他の組織は大学院生への研究助成を行っている。指導教員や他の大学院生に聞くと良い。学部や指導教員にそのような研究助成の一覧を設置するように要求しよう。


指導教員との関係

学位論文はあなたの研究生活の最終地点ではなく、始まりである。学部生の時には、自分の創造性を試されることなどなかったであろう。その機会が大学院にはある。自分を鼓舞すること。心配しすぎて、リスクのない計画をすることにならないように、自信を持ち自分に敬意を払おう。


あなたの将来の研究方向は、学位論文のテーマに縛られないということを覚えておこう。実際に、学位を取るという経験で、自分の興味や能力が他にあると気づくこともある。そうすることが適当なら、修士から博士への進学で方向を変える事ができる。


論文の出版

一般にはそう思われていないが、論文を書いて出版することは楽しいことである。もっと重要なことには、書くことは、積極的に勉強するということにつながる。論文や研究費申請書を書いたりするとで、自分自身の研究への理解が必ず良すすむ。


もちろん論文を書くことは常に楽しいことではないが、注意深くなり、書きだす前に考えをまとめ、自信を持って慎重に文を作り、投稿前に誰かにレビューしてもらうことで、論文を書くときの問題は軽減できる。レビューしてもらうには手順がある。まずは、セミナーで話し、次に原稿を仲間の大学院生と指導教員に読んでコメントをもらい、次ぎに(必ずしも必要ではないが、奨める)その分野のエキスパートに送り、最後に投稿する。


(いくつかの雑誌や本の編集者の経験から、少し付け加えておこう。雑誌の投稿規定に則っていることを確認しよう。合っていないと編集者は、(1)この論文は以前どこかの雑誌にリジェクトされたか、(2)あなた研究態度がいい加減で、必ずしも信頼できないかもしれないと思う。また、引用文献リストと文中の引用を慎重にチェックせよ。本文、表、図が正しくきちんとしているかチェックせよ(きれいによくデザインされてた原稿は読みやすいものだ)。本のある章を書くことを求められたら、締切を守ろう。編集者は締切や規定を守る著者を好むものだ。)


論文を出すことは重要な仕事だ。それによってあなたの考えを他人と共有することができる。必須のことでもある。たいした論文を出していなくても、時には良い仕事や研究費にありつく人もいるが、そんなことが起る可能性はものすごく低い。


書きすぎるのは問題だが、一本か数本、二流の論文をだすことを恥ずかしがっていてはいけない。多くの実例がある。さらに、我々は何が本当に重要かについてよく間違った判断を下す(Bartholoew 1982を見よ)。(経験がつけば、「論文リスト」を「19xx年以降の主要論文リスト」と変えてしまうことで、あまり知られなくなったつまらない論文を隠してしまうこともできるだろう。)


その他

チャンスを見極めつかむこと。誰かが特別な野外調査を準備しているとしたら、一緒に行って手伝わせてもらえないか聞こう。自分の大学で求人があれば、その応募書類を見て、まずよい履歴書とはどんなものか、研究や教育への抱負の良い書き方などを学ぼう(大学によっては、大学院生が応募書類を見ることができないところもある)。候補者のセミナーに対する、あなたの指導教員の意見を聞こう。そうすることで、今度自分が公募に応募するときに、どんなものがうまくいき、どんなものがだめか、少しは何か分っているだろう。


結論

一見、大学院生は抑圧されているように見えるかもしれないが、実際はそんなことはない。あなたは、これまでにない自由をもっているのだ(ポスドクとか貴重なサバティカル休暇を除けば)。懐疑的にならず、ポジティブになろう。


最後に

大事なことをもう一度言う。まず、重要な研究を行い、自分の研究にわくわくしている学生や教授たちと過ごすようにせよ。つまり、良い人に囲まれるようにしなさい。熱情は伝染するのだ。次に頭を整理する方法を学び、大事にしなさい。そうすることで、効率的になり時間を無駄にすることがなくなる。こうすれば、明らかに生産性が上がり、自分の研究活動への熱情も増すだろう。


謝辞(省略)


引用文献


Bartholomew, G. A. 1982. Scientific innovation and creativity: a zoologist’s point of view. American Zoologist 22: 227-235.

大学院・研究者を目指す人へ

Apr 5

Feb 10

――今日は未来について語って頂きたいのですが。 
細美「……ないものだからね、未来って。過去はあったし、現在もあるでしょ。性質が違うと思うんですよ。だから、あんまり……未来って言っても、5年後や10年後と2000年後って違うし、本当に凄い未来のことを考えれば、宇宙すらなくなってしまうじゃない?」
後藤「今回のインタビューの視野としては、10年後くらい。若い子たちの未来を考える視点を持ちましょうっていう」
細美「そっか……たまたまね、一昨日、母校で弾き語りライブだったんですよ。その子達からは、俺がその大学の学生で、学食で食べたり、コンビニでバイトしてたり、そういう姿って想像できないじゃないですか。知った時には雑誌に載っていたりしていたと思うし。でも、実はそこにいたわけで。だから、一昨日のライブを見ていた学生の何人かも、後々母校に帰って、後輩に何かを話したりするような立ち位置になったりするかもしれないですよね。10年後にポイントを当てて考えれば、今18歳の人は28歳になるわけで、25歳の人は35歳になるわけでしょ。今の25歳くらいの人たちが共通して持っている価値観が、10年後の未来の常識になるんですよね。俺らが25歳くらいに思っていた感覚は、今の常識の真ん中にあって、それは上の世代とはちょっと違う。そうやって常識が変わっていく中で、どういう感覚を世代で共有できるかは、物凄く大きいと思うんですよ。だから、めっちゃ合理的な考えを持った人が25歳くらいにガーッと集まっているとすれば、きっと合理的な社会になるし、だんだん誰しも古くなって排斥されていくわけでしょ。その流れは変えられないわけで、そういう意味では10年後の未来を何か変えようと思った時に、今の社会で重要な役割をしている人の感覚を変えても無駄っていう感覚が、俺にはあるんですよ。そうじゃなくて、10年後に担い手になる人たちに、今は世の中こうだけど染まっちゃだめだよ、これが10年後も続いていると思ったら大間違い、君達の出番がやってくるんだってことを、できれば俺は音楽で伝えていきたい。そのために音楽をやっているわけじゃないけど、自分のやってきたことを振り返ると、そこにポイントは置いているのかなっていう気がしてるんですね……これは前置きね」
後藤「今、自分達の世代に漂っている空気に触れずに話が進んだんだけど、それはどういうふうに分析しているのかな?」
細美「何だろうな…凄く偏屈な人が多い。ミュージシャンの知り合いばっかりだからかもしれないけど……ちょっと上の世代の人って、長いものに巻かれることができるっていうか、清濁合わせ飲めるというか、目的を成し遂げるために引っ掛かる手段も受け入れる強引さを持っているけど、我々の世代はむしろ手段の方が大事というか、そんなイメージがある」
後藤「音楽だけやっていればよかった幸せを享受してきたよね、世代としては。社会にコミットしなくても、音像だけでパンクたりえた時代が結構長く続いた気がするんだけど、震災の後で、ぱっと見てみたら本当にパンクな人達しか動いてなかったっていうのは感じる。この人達違うなっていう人しか残らなかったっていうか。俺の視点ではね」
細美「トンがってた奴って、正しいこと言うから弾き出されるっていうパターンもあるからね。ただ、世代で括れるのか? っていうところもあって、例えば高校で周りがみんなそうだったのかっていうとそうじゃなくて、俺はすごい浮いてたし、同じクラスの奴らに対しても反発心があったから。いつの世もほんとうに正しいことを言うとマジョリティに組み入れてもらえないっていう瞬間はあるんだよね」
後藤「うん。ずっと、オルタナティブな人たちを、オルタナティブ以前の言葉で社会が弾いてた感じがするんだけど、今度は震災があって、そういうオルタナティブな人達がどっと真ん中にずれたと思うんだよね。呼ばれ方だけが変わった気がする。その人達は別に変わっていないんだけど、世の中だけが動いている。結局、ブレていない人が真ん中で活躍しているように見える」
細美「なるほどね。でも結局震災が起きてからだって、ただ自分の、その日過ごしたいなっていうことをやってるだけなんだよ。当初は何やりました、って一切ブログにも書かなかったし、それは絡める必要ないと思ってたんだけど、現地に行けば行くほど、もっと伝えて欲しいとか、現状はどうなのか、みんなが震災があったことを忘れないようにして欲しいって言われて。それでできることはあるかもしれないって話し始めたんだよね。だから、そのへんはあんま考えなしにやってるんですよね。ゴッチはすごく地に足が付いてるなっていうか、積んできたものにさらに積んでいっている感じはするけれど、俺はよくわかんないな(苦笑)」
後藤「細美くんの被災地支援は一貫しているように感じるけどね。何処までもDIYというか、身ひとつで行くんだこの人っていう。それは見ていて感銘を受けるところだけどね」
細美「でも、そこに美学があるわけでもなく、ぶっちゃけて言えば考えなしで、明日休みだな、今一番やりたいことは何だろう、ボランティアだ、みたいな。で、チャリティのこと何も知らないな、じゃあ勉強しなきゃって。それだけかな。あんまり、正しい間違っているの判断はないというか。活動家的な感覚は全然自分にはないから。特に俺らみたいなツアーをやるミュージシャンっていうのは、行ったことない県がないでしょ? そういう県の状況がテレビに映るたびに、すぐ近くでやったライブのこととか思い浮かべるし、そのライブの時に客席のみんなと交わした言葉とかも思い出すから、単純にあの中にいた奴で困っている奴がいるよなっていう感覚で」
――未来と言うより、むしろ今のために行動しているというか。 
細美「うん……そうかな、未来って難しいな。俺の大事な考え方としてあるのは、結果にあまり興味がないっていうか。結果っていうのはさ、ある手前の時点から、そこに至るまでにどうしようっていう旗を立てるから、その時点を通り過ぎた時に、その結果がどうだったって考えるわけで……たとえば、テニスプレイヤーだったとして、この大会で何位までに達したいっていう思いがあれば、その大会の結果が自分の結果になる、その順位まで行けなかったからダメだってなるけど、一生テニスをやりますっていう人だったら、それも過程でしかないっていう。結局はずーっと続いていくことなので、結果を考えると、物事に縛られてしまうから、あんまり好きじゃないというか。回りくどい言い方をするなら、未来をよくしたいと思うなら、あまり未来にポイントを置かない方がいいんじゃないのっていう。10年後いい未来にするために9年間苦しむのは、ちょっと意味がわかんない。10年後をいい未来にするなら、今日はどう過ごすべきかっていう」
――なるほどね。 
細美「ただ俺が思うのは、所謂倫理感とか道徳観とか、みんなが常識と呼ぶものとか、あと普通はこうでしょうって言うものが大っ嫌いだから、それを一回みんな忘れてもいいんじゃないの? っていう気はしていて。みんな違う魂を持って生まれてきているのに、それをなるべく平均化しようとして、本当の意味での倫理や道徳とかけ離れたところでの、空気を読むとか、そういうことでどんどんがんじがらめになっていって、みんな魂は違うのに行動は同じになっていくっていう、それは俺が今の社会でわかんねえなって思うところで。波風を立てないでいられる集団が100点満点かっていうと、俺はわからないんですよね。人と対立することも嫌いじゃないし、俺みたいなのはそういう生き方をしていてもいいんじゃないのっていう割り切り方が既にあるので。逆に、他の人に対して、こういう考え方は止めようよって言う気がないんです。だから、思っていることが誌面に載っちゃって、まるでそれが自分のメッセージかのように飛んで行くことが、俺はあんま好きじゃないので。俺は変わっているよ、でも、それでいいと思って生きています。でいい。それを見た人が、その人なりに、俺も変わってるしなって思うなら、それはそれでいいんだけど。まわりに合わせるのが楽だって人もいるから。ただ、自分の心と対話しない人は、見ているとよくわかんなくなってくるっていうか。本当にやりたいのはどっちなの!?っていう。俺のインタヴューは誌面にしづらいと思うんだけど……」
――大丈夫ですよ。 
細美「常々思うのは、頭の中でどれだけいいことを考えていようと、頭の中がどれだけ悪人であろうと、その人を決定するのは行動だから、そこはブレずにいきたいと思うんですよね。結局、知らねえよあんな奴らのことって思いながら、しょうがねえなって助けちゃう奴もいるし、頭の中では常にみんなのことを大事に思っているけど、いざとなったら逃げちゃう奴もいるし、結局その人を決定するのは行動であって、その間に何を考えていたかは重要じゃないっていうか、残らない感じはしているんですよ。だから、自分の頭の中を覗き込んで、何て俺はダメな人間なんだ、みたいな考えは要らないと思う……『○○と未来』難しくなってきたぞ(笑)」
後藤「確かに、大文字過ぎるよね、『未来』って。漠然とした言葉だし。いや、お前の新聞だろって言われればそれまでなんだけどさ(笑)」


細美「じゃあ、たとえば、『音楽と未来』っていうことにしようか。それに対しては明確にビジョンがあって。文化だけど、文化って何なの? みたいな。最近、文化ってあんまり聞かなくなったと思ってさ。それがめっちゃ勿体ないなって。文化って、社会がどういう状況にあるのか指し示すと思うけど、音楽が明らかに文化的側面を完全に失って、産業的な社会になっているとすると、人の気持ちがお金に向いているっていうことだよね。そこに対するアンチテーゼって、俺はあってしかるべきだと思う。青臭いかもしれないけど。音楽は文化であって産業ではないと思っているから。もちろん産業的な側面ってどうしてもあるのかもしれないけど、その文化を作っている感覚が聴き手にも作り手にも欲しいなって。音楽文化の最大の人口はリスナーだから、作り手じゃなく。リスナーが産業の方に行ってしまえば、アーティストは対抗の仕様がなくなるというか」
――それは、わかりやすい話ですね。
細美「ただ、自分達が面白いと思う音楽を作って、録りたいように録って、これが普通だろうと思ったものが、周りから浮く感じがあるね。でも、もっとガチンコで、アンチテーゼに塗れてやっている人もいるわけじゃない? そういう人からすると、お前らなんか音楽じゃねえよって言われることもあると思うけど、自分は2011年の日本の音楽文化の末端にいたいなって気持ちはすごくあるよ。文化的に豊かな社会は素晴らしいと俺は思う。文化は実りだから」
後藤「今の音楽にもね、社会が潔癖で真四角なものを求めるっていうところもあるよね。J-POPがどうしてピッチを直し、リズムを真四角に揃えて、人間味を殺すのか。そこに逆行しようっていう流れは、今の心あるミュージシャンたちは、みんなどっかに持っている。そういうのは伝わってると思うよ。どうしてこの人は、その体だけでいろんなところに行くのか、そうしてそういう肉体性のある音楽を作り続けるのかは、意識しているかしていないかはわからないけれど、繋がっていると僕は見ていて思う」
細美「正直、こうなったらいいなって思い描く未来に向かうために、何かをやっていこうっていうわけじゃないんだけど、未来ってみんなの総意で決まるものだから。だけど、俺はこうなった方がみんなに笑顔が増えるんじゃないかっていう考えはあって。特に東京に住んでると受動的な活動がほとんどを占めている気がするんですよね。たとえばテレビが生み出した新しい企画を見ていると、新しいことをやったような気がするけど、結局は自分自身が何かを生み出しているわけではないじゃないですか。Facebookやtwitterも、みんなの願望があってできたんじゃなくて、発明した人からレセプターとなる人達がドバッと受け取るから、今みたいな状況ができたわけで。だけどそれだけじゃなくて、受け取ったものを工夫して、毎日を面白くする考えにシフトしていったほうがいいと思うんです。料理でも、レシピと食材教えられて、完成形の写真を見て、その通りに作れば美味しいかもしれないけど、ここをこう変えるのもありじゃないかなって作れば面白いじゃないですか。パソコンを開いてネットに繋げば、昨日とは違う文言が踊っているし、それはそれで飽きないでいられるかもしれないけど、本屋に行って背表紙でピンときたものを買ってくるだけでも、一日はずいぶん変わるし、そういう面白さが溢れていくといいなあと思いますね」
後藤「退屈のしのぎ方が変わったんだね、昔と」
細美「そういうことだと思う」
後藤「昔は、退屈は探さなきゃしのげなかったもんね。俺も、死ぬほど退屈だったから音楽をはじめたところは、あるかもしれない」
細美「別に総意としてそっちへ進むならしょうがないけど、俺はどんどん、やったことないことに行く方が全然面白くて。発明って進歩のイメージがあるけど、俺は後退も意思を持って進むなら進歩だと思うので、ここまできちゃったけど、ここはつまらないから帰ろうって、ぐるっと向きを変えて進むことも前進だから。俺はいらないものはいらないと思っているし」
後藤「そうだよね。経済成長だけが本当に進歩かっていったら、いよいよわからなくなってきているしね」
細美「いらないものはいらないし、360°何処にでも前進できるぜっていうフレキシビリティは本来あるべき。行きすぎたら戻ることに、早いも遅いもないじゃない?」
後藤「いい言葉だね。360°何処に進んでも意思があれば前進できるっていうのは」
細美「何に対しても受け入れられるようなオープンさはあった方がいいんじゃないかな。あとは、最後付け加えるとすれば、ポジティブなイメージがない社会がポジティブになることはあり得なくて、現実はどうであれ、最後の最後までポップな気持ちを持っていないと、当然上手くいかないというか。ストイックになり過ぎるとよくないこともあると思うので、それでも、結局人間の作る未来なわけでしょ。10年後はこうだよなって、みんなが明るいイメージを持てれば絶対に未来はそうなるし、こういきたいけどならないよなって思っていれば絶対にならないし。まずは自分から、前に転がるイメージを持った方がいいというか。俺の場合はさっき言ったように、みんな受動的な活動に飽きはじめて、何か変わったことを……例えばさ、テレビひとつだって、きっとやったことがある人がいると思うけど、壁に半分くらい隠して見ると面白かったりして。ちらちら見えているのはカメレオンぽく見えてるけど、実はイグアナかもしれんぞ? とか」
後藤「それは、やったことないよ(笑)。面白いね、それ」
細美「そういうことも全然できるし。何でも遊ぼうと思えば実は遊べるじゃんか。子供だったら簡単に思い付くようなこととかさ。結構面白いんだよ、そういうの。つまんないなって思った時に、誰かが作った新しいものを探そうとするよりは、遊び方を変えてみようっていう方向になっていったらいいな、なるんじゃねえのって、そういうほんわかとあたたかい気持ちは、みんなが持っていないと、自らそうじゃない方にいってしまうよっていう。これ、実際そうなんだけど、バイクで走ってて、曲がりきれるかわからない速度でコーナーに侵入した時って、レーサーって出口しか見ないのね。何故かっていうと、出口を見ている時は、無意識に全身がそっちに行こうと頑張るから。でも、転ぶかもって縁石を見ると、本当に転ぶんだよ。だから、曲がれるか曲がれないかわからないコーナーを進んでいる自分たちとしては、出口を必死で見ないとダメなんだよね。ゲームでボスと何回戦っても勝てなかったのに、一回勝てたら、次から簡単に勝てたりするじゃない? イメージが変わるんだよね。それと同じで、この国はよくなるって思えていれば、きっとよくなるし、ならないと思っていたらならない。だから、行きたいほうをちゃんと見たほうがいいんじゃないかな。見ていないところに行けるはずがないから」

視線と未来 | 細美武士 | TheFutureTimes

Jan 25

従業員の主体性や、思いやりや、ホスピタリティを高める方法


ディズニーと同じく、従業員のホスピタリティと顧客満足度の高い

リッツカールトンなんかもそうですが、

末端従業員の自由裁量が大きいんですよ。

一日何千円か、週数万円分か忘れましたが、

お客様のためなら末端従業員の判断でコストを使っていい

ということになってるんですね。

もちろん、従業員が特別なサービスに働く時間的余裕もある。


別に接客業だけの話ではなくて、

例えばGoogleでは、

20%ルールという従業員の自由裁量が大きいシステムがあり

そこで主体性を発揮し、Gmailやグーグルマップのようなサービスも出てきますし、

従業員満足度が高くて、末端従業員みんながアイディアを出しまくる未来工業も、

どんな無駄で似たアイディアでも500円で買い取る(採用されたら別途報奨金)

という、コストがでかいですけど、営業ノルマなどもなくて、自由裁量が大きい。


つまり、自由裁量にかかる大きなコストと、従業員の主体性はセットなんですよ。

ディズニーのように働く人のホスピタリティを高くする方法はあるが、、 - teruyastarはかく語りき

Jan 24
“S.M.A.R.Tは『明確(Specific)』『測定(Mesurable)』『達成(Attainable)』『関連(Rellevant)』『タイムリー(Timely)』の頭文字をとってつくられた造語です。


Specific
目標を明確にする。「今月はいっぱい痩せるぞー☆」ではダメです。「1ヶ月でマイナス5kg☆」などと明確に決めることが大切です。

Mesurable
目標の進捗状況を測定するための論理的なシステムが存在する必要がある。
例えば『1ヶ月でマイナス5kg☆』のような目標の場合は、「今日は500g痩せたぞ☆」のように、目標の進捗状況を測定するための論理的なシステムが存在するのでOKです。
「1ヶ月でめっちゃ痩せる☆」「10年後までにお金持ちになる☆」
のような、進捗状況の測定が不可能な目標は立てない。

Attainable
目標が達成可能でなければならない。
大切なことは「どのように目標を達成することができるか」
他人に説明することができない目標はたててはいけません。

Relevant
目標に関連づけた行動をとるようにする。
例えば「1ヶ月でマイナス5kg☆」というダイエッターが
”毎日朝7時から30分だけ町内清掃をする”
というのは具体的だし測定可能だし達成可能だし目標期日も決められている行動であるが、健美を求めるダイエッターの目標とは少しズレた行動。

Timely
目標に期日を決める。
期日を決めることであなたは目標達成を意識することができます。
もし原稿に締め切りが決まっていなければ、週刊誌や月刊誌は壊滅する恐れがあります。

1.効率の良い目標達成への段取り
2.達成するための手法
3.手法を実行するための時間の確保

上記3点を守れば大半の夢は叶います。
S.M.A.R.Tでは上記3点を自然と決めることができる優れた考え方の1つです。”
努力家が知っておくべき10の考え方―知らないと無駄な努力に…―

Dec 5

手短かに言えば

何年もの歳月の賜物というか。ぼくはただひたすらプログラミングが大好きで、(フェイスブックで働いていた)過去4年間、ほとんど他のことをしていない。その前も2.5年ほどプログラマーとして働いていたし、そのさらに前も6年くらい趣味でプログラミングをしていた。ぼくは高校も大学も中退しているので、それで空いた時間もプログラミングに費やした。つい最近フェイスブックを辞めたけど、未だに起きている時間のほとんどはプログラミングだ。

もっと詳しく言えば

月並みだが、ぼくはちっちゃい頃からコンピューターが好きで、我が家にあったヤツで(最初はMac Plusで途中からIIsiになった)で散々遊んだ。8歳か9歳のころにBASICを少しかじり、こんなプログラムを書いたりしていた。

10 PRINT "HACKING "
20 PRINT RANDOM()
30 GOTO 10

(学校のアップルIIeを拝借してだが)文法はおそらく正しくないけど、乱数がスクリーンを覆う様は、まわりの9歳児にはスゴく見えたと思う。

特にぼくの興味を惹いたのはビデオゲームだった。膨大な時間を”Escape Velocity”というゲームに費やし、自分でシナリオを書いたりもした。このゲームはプラグインで拡張できるようになっていて、ResEditってもので、自作のミッションや戦闘機、武器なんかを足せるようになっていた。これは厳密にはプログラミングじゃないけど、それなりにコンピューターの内部の知見を要するもので、ここで結構プログラミングの知識を得たんじゃないかと。最終的には「ファイナルバトル」っていう自作のシナリオを他のプレーヤーと一緒になって作ったりもした。12歳くらいだったと思う。

やっぱりシナリオを書くだけじゃ物足りなく、自分でゲームを作りたかったので、12歳の誕生日にプログラミング入門のCDを両親にせがんで買ってもらった。CDの中身は、メトロワークスコードウォーリアーのIDEと、雑多なプログラミング言語とかライブラリとかのpdfで、買ってもらってから一年くらいした頃から真剣に勉強しだした。13歳の6月くらいだったろうか。一旦勉強しだすと夢中になって、C言語の初歩を二週間くらいで覚えた。そっから先もどんどんC/C++とかOpenGLを独学で覚えた。OpenGLはOS9上で遊んでいた。IIsiは、ぼくの個人マシンとなっていたと思う。

こっからしばらく、ぼくの人生は下降線を辿ることになる。引っ越したと思ったら両親が離婚し、高校には馴染めず相当サイアクだった。鬱と虚無感にさいなまされたぼくは、当然プログラミングにも身が入らず、大したことも達成せずに5年の月日が流れた。一応プログラマーとしてレベルアップはしていたが遅々としたものだった。この頃にPHPに出会い、RunicaというディアボロIIのルーンワードを検索するウェブサイトをPHPで書いた。ウェブサイトは累計100万ヒットくらいまでいって、ウェブは壮大だなあと感心したのを覚えている。結局高校はやめた。高校をやめたのは人生で最高の選択(のひとつ)だったと思う。

19になってまもない8月の終わりにポートランド・ウェブワークスで働くことになった。友達がインターンをしていたのだが、大学に進学するので辞めるむねを会社に伝えたら、「誰かよい代わりはいないか」と聞かれたそうだ。ぼくがその代わりだった。

ポートランド・ウェブワークスでは2年半ほど働いた。業務はおおむねPHPでウェブサイトを書くことだった。入社したころは右も左もわからなかったが、社会人として働くことはスゴく楽しかった。高校がぼくにとってサイアクだった一番の理由は、できることやできるとわかっていることでもクラスの一員として宿題をやったり授業に参加したりしなくちゃいけなかったことだ。(こんなことを書くと高慢ちきに聞こえるかもしれないが、ぼくがいたのはメイン州の片田舎の公立高校で、高校2年生にもなって2週間もメートル法について勉強していた。)まあこれは別にぼくが通っていた高校のせいではない。ガッコウというものはそんなものだ。理不尽なガッコウに比べて、実社会では要領がいいこと、効率的に仕事を片付けられることが正当に評価された。働きだしたことで、ようやっとキチガイなシステムから抜け出せた気がした。

実社会へ一歩踏み出したころ、ぼくは南メイン大学にコンピューターサイエンス専攻として身をおいていた。2、3コンピューターサイエンスのクラスを取ってみたが、この時点で既に6年ほどのプログラミング経験があったこともあり、学ぶことは少なかった。つまらないので生化学に専攻を変えたところ、新しい発見の連続で俄然クラスが楽しくなった。結構たくさんクラスを取ったのだが、時間が経つにつれ仕事が大きく比重を占めるようになった。最終的には必要な単位が一番少ない数学に専攻を変えたのだが、教養のクラスを取るのがおっくうで、ポートランド・ウェブワークスを辞めたときに大学も退学してしまった。大学は比較的プラスな経験だった。学術的にというより人間的に社会的に成長した場所だった。学費のために7000ドルちょいしか借金しなかった(訳注:これはアメリカの大学の学費としては超少額です)っていうのも「プラスな経験」と思える一因だろう。

ポートランド・ウェブワークスで得た一番の教訓は「どうやってシステムをデザインするかは、その後に多大な影響を与える」ってことだ。とても小さい会社だったので、ぼくはとても自由に仕事をさせてもらった。自分で書いたコードは、働いていた2年半の間、全部メンテしていた。ソフトウェアの開発に最初から最後まで関わるという経験はとても貴重だったんじゃないだろうか。なぜなら、プロジェクト開始時のダメなデザインのしっぺ返しを、後で自分でモロに受けるからだ。当初ぼくは、ほとんど考えずコードを「アンダーエンジニアリング」していた。後々これを過度に修正してしまい、全てを「オーバーエンジニアリング」し作り込みすぎてしまった。2年半という時間はこういった失敗を経験するには十分な時間で、辞めるころにはシステムのデザインの塩梅が、かなりわかるようになっていたと思う。

2007年のはじめころには、ポートランド・ウェブワークスの仕事も物足りなくなり、大学もほとんど通っていなかった。丁度そのころ、レディット(reddit.com)で見つけたフェイスブックの採用パズルを解いて、解答をメールした。その後ちょっとして、ぼくはフェイスブックに雇われることになり、2007年の4月から働きだした。

(閑話休題:ちなみにぼくの一番得意な言語はPHPだ。PHPは概ねダメな言語とされていて、まあ妥当な評価とも言える。どこでどうやってPHPを覚えることになったか覚えてないが、多分Linuxを走らせていた友達のサーバに載っていたとかだろう。なんにせよぼくはPHPを知っていたからポートランド・ウェブワークスで働くことになったし、フェイスブックに採用されたのもPHPを知っていたからだ。ぼくの人生はPHPに貶められ、そして救われたといってもいい。フェイスブックでは、ぼくは「一番PHPを嫌っていないエンジニア」と自称していた。ぼくのことを「PHPバカ」と呼ぶ同僚もいた。ぼくは別にPHPのファンではないが、PHPに関しては膨大な知識を持っているので、他の言語を学ぼうと一念発起するには、それこそ膨大なエネルギーがいるのだ。それに、どのプログラミング言語を使うかってのは、多くの人が考えるほど重要ではないと思う。ぼくの経験上、一番PHPをバカにし、言語の重要性をうそぶく連中は、大体自分たちが提唱する言語でもロクな仕事ができないことが多い。)

当初、フェイスブックでは必死にならないとついていけないと予想していた。ぼくは独学でプログラミングを覚えたドロップアウトで、まともな教育も受けていない。それに、それまでもぼくは様々な分野で自分よりも何倍もスゴい人たちに出くわしてきた。たとえば中1のときにMath Countsっていう数学の大会にメイン州の代表として出たが、その時のチームメートは自分より10倍は数学ができた。フェイスブックでも同じように圧倒されるんじゃあないかと思っていたわけだ。

そして、ぼくはコードを見てしまった。

コードの質がフェイスブックの強みであったことはないが、2007年のフェイスブックのコードはグローバル変数とextract関数にまみれたヒドいものだった。「PHPベストプラクティス」なるウィキもあったが、「関数は使うな。おそい!」という、言いたいことはわかるが意味不明なことが書いてあった。そんなPHPのコードもJavaScriptのコードに比べたら断然マシだった。「ひょっとしたらぼくは自分で思っていたよりも遥かにまともなプログラマーじゃないか」とこの時思い、少し安心した。(ちなみに今のフェイスブックのコードベースは2007年と比べたら、はるかに質が上がっている。)

フェイスブックではもの凄い勢いで働いた。ポートランド・ウェブワークスの時よりも働いた。もう大学と仕事という二足のわらじを履いていなかったし(メイン州にいたころは、一週間40時間労働プラス大学でマックス単位取得なんてこともあった)、生活面でも昔より落ち着いていた。スタートアップの「モーレツ文化」に心酔し、そっから4年間ただただひたすら働いた。

ぼくのプログラマーとしての成長に一番寄与したのは、「判断力をつける」ということじゃないだろうか。働き始めた最初の2、3年は、システムをデザインする際に、ボロボロとひどいミスをした。でもフェイスブックで働きだしたころには既にそれなりの経験があったので、ぼくがデザインしたシステムは概ねシンプルさと洗練さを丁度よく兼ね備えていたと思うし、他のエンジニアのデザインの問題点も、比較的すぐに気づくことができた。これも最初の数年で培われた判断力のおかげだ。この「判断力」は、プログラマーにとって非常に重要なのだが、そう簡単に教えられるものでもない。ぼくが知る限り、判断力をつける一番の方法は、自分で設計したシステムを長い間メンテすることだと思う。

ぼくのプログラミング哲学はちょっと変わっているようだ。フェイスブックの人たちは(ある意味、現代ソフトウェアエンジニアリングも)開発スピードとコードベースのクオリティは反比例するもの、あるいはどっちか選択するものとの考えている。フェイスブックエンジニアリングのモットー「ガンガン動いてドンドン壊せ(Move Fast and Break Things)」はこの考え方を象徴している。この考え方はオカしいと思う。これはつまり「ダメなコード・プロダクトなら早く世に送り出せるが、コード・プロダクトの質にこだわっていたらいつまでたっても出荷できない」ということで、これを真に受けたら誰だって「ダメなコードでも出荷しよう」ってことになって、誰も低品質のコード・プロダクトをつくりだすことへの罪悪感を感じなくなってしまう。だって質とスピードは反比例するんだろ。

この「質v.s.スピード」という概念は根本的に間違っていると思う。だって素早く開発をしなくては環境、あるいは自分の環境の理解の変化にソフトウェアがついてこれず、ソフトウェアが解決すべき問題が解決できなくなり、必然的に質が落ちてしまう。逆に、質の高いソフトウェアを書かなくては、なにかある度にインフラが崩壊し、素早く開発をすることができなくなってしまう。インフラの崩壊は、やる気を削ぐので特にたちが悪い。フェイスブックでは「質v.s.スピード」ではなく「質=スピード」を念頭にソフトウェアを書いてきた。相当たくさんの仕事をフェイスブックではしたし、書いたもののかなりの部分が今でも使われていることを考えると、ぼくの考え方は間違っていなかったと思う。

長くなったが、最後にプログラミングを覚えるうえでのアドバイスを。

  • ガッコウをやめよう(これは冗談だ。まともにうけないでほしい。ガッコウは行こう。ガッコウは君のためになる。ビタミンも重要だ。)
  • プログラミングが大好きであること。
  • マスターするには気の遠くなるくらいの時間を費やさなくてはいけない。近道はないし、一番ためになる教訓は、一番苦労して得るものだ。
  • 一番重要で一番やっかいなスキルはシステムを設計するための判断力だ。限りなくシンプルなデザイン(as simple as possible but not simpler)というのはなかなか教えられるものではなく、大方経験を重ねて覚えるものだ。
  • 幅広く覚えるほうが掘り下げるより大事だと思う。幅広い知識はお互いに補完しあって、大域的な理解や、新しい分野へのとっかかりにつながる。掘り下げた知識というのは大体その分野にとどまるもの。浅く広くシステム全体を理解していたほうが、ある部分を熟知しているより速くソフトウェアが開発できる。
  • プログラミングに限ったことではないけど、複雑なシステムを理解するには、全体のしっかりとしたモデルを頭の中に持つことがカギとなる。おおまかな全体図をまず把握して、そこから部分的につめていくことが大事だ。「広く浅く覚えよう」というのも、広く浅く覚えた方が、全体像を把握しやすいからだ。頭の中のモデルがしっかりできていれば、システム全体の挙動を把握・推測することもできるようになる。
  • 質v.s.スピードという二律背反の関係は、局所的なものでしかない。大域的には、片方を犠牲にした場合、知らぬうちにもう一つも犠牲にしているということをお忘れなく。
  • 「なぜ」「どうして」そうなるのか常に考えること。
ぼくはこうしてプログラミングを覚えた

Nov 9
20111106 京都産業大学 細美講義 (レポ by @HIATUSaya)

京都産業大学をWikipediaで見てて、すごい部活でユースホステル部が気になった。いる?ユースホステル部の子。お、いたいた。あがっといで。(拍手喝采)初めましてー。上げたは良いけどどうしようかなって。笑(説明を聞いて握手して帰らせた)

ほんとはね、着ぐるみ着るつもりだったの。で、どの着ぐるみがいいかthe HIATUSのメンバーに決めてもらったら全員一致でスティッチだったの。でも今日買いに行く時間とかなくて、こんな感じになりました。今日は最後までよろしくお願いします。

黒シャツにワインレッドっぽい細ネクタイに黒のサルエルパンツふとともにチャック付き、黒のブーツ

あ〜ビール飲みたい!緊張するぅ…今日は何を話そうかと思って、 学生さんからの質問をちょっとまとめてもらったの。 あと自分の母校でこの間弾き語りをやった時に質問コーナーみたいなのを設けて、 ちょっと今度京産で喋るから後輩のお前ら協力しろって。

あと聞きたいことあるなら聞いてって聞いてもらったのを参考にして、 じゃぁこのへんの話をしたら寝る人も少ないかなって思ってまとめてきました!笑

例えばここに居るのが、亡くなってしまったけどスティーブジョブスだったら 成功して何かを成し遂げた方で、その人から完成されちゃった人生哲学のことが言えると思うだけど俺はこれからどうするかなって迷いながらだから

今日ここで喋ることはあくまで今俺がそう思ってることの中で色んな考えって変わっていくじゃんいくつかは修正されないで欲しいなって思っている考え方があって、自分の中で。色んな失敗につまづいていくときに、ここは書き換えたくないなって思っているものをなるべく話そうと思っています。

で、大きく分けて3つ。

1つはどこ言って聞かれるのがどうやってプロんなったのってのを聞かれるから、今音楽をやるにあたっての、あたる?いたる?までの中学時代からのどういうことをしていって今に至るのかっていうのをもしかしたら皆興味があるんじゃねぇ?って勝手に思ってます。

2 つ目は曲作りってどうやってるんですか、とか物を作るってどういうかんじですかっていうのを聞かれるので 一言で言うと完ぺき主義なんですけどそれが一体どういうことかっていうのを話して見たいなと思っています。

3つめは3.11震災のあと被災地行ったことを話します。 あとはどれだけ時間が余るかわかんないけど質疑応答できたら。

細美武士っていう人間をどこで知ったかはしらないけど、俺は皆と一緒で何の肩書きも無い大学生だったし、高校生だったし、中学生だったし、小学生だった。

あまりにさかのぼりすぎると家庭のこととか喋んなきゃいけないから中学生ぐらいかなぁとおもったの。この偏屈な性格は小学生ぐらいの時から決定付けられてきたことで。ま、それは機会があれば。で、音楽を始めたきっかけはなんですかっていう質問があったので、音楽との出会いから話していきます。

どうしても俺は今ここにいたるまでに駆るにはずせない大きな柱があって、いっこはバンド活動、もういっこはバイクなのね。

初めて音楽をやり始めたのは中学のころすげぇ田舎に育ってて。あービールのみてぇ!!いいのこんなんで!?MC50分みたいになってる!(お茶のんでむせる) 中学のころ夜中皆で抜け出して幼稚園に集まってた。ビール飲んだりとかもしてたし、野球したりとかして遊んでた。

そんときにアコースティックを公園に持ってきたやつがいて、結構うまかったんだそいつ。適当にその場で歌詞つけてあそんでた。ソレが原体験だった。そいつはギターうまくて洋楽詳しくて学校のヒーローだった。

おれは友達いないタイプだったから、俺バンドやらないと完全一人になっちゃうと思って、フェルナンデスの赤いやつで黒いプラスチックのストラトを注文したの。もちろん楽器屋さんなんて周りにないからね。

ある日姉ちゃんが「トランクに大きい荷物あったから持ってきて」って 俺は「やだよ~」って言ったけど、しぶしぶ取りにいったらギター入ってて、「なんだよ姉ちゃん!」っていう。

それをあけたら白だったけど一目ぼれして10年近く弾くことになりました。絵に描いたようにバンドにいるじかんが長くなって高校に上がるくらいまでそんな感じで高1ぐらいになると授業終わったら校門にシャコタンが2台止まってて「武士ー!」って感じでね。その先輩の車乗り込んで遊びに行ってた。

その先輩達は今でも大好きで連絡は取っててたまにライブにも来てくれたりするんだ。一人の先輩がレーサーやってて、学校が休みの時にピットクルー手伝ったんだ。

俺はもう見たこと無い世界で、レースバイクってアブガスで動くんだ。そのカストロールの焼けた匂いにすごいロマン感じて、先輩にレーサーになりたいって言えないままバイク乗り始めて免許とって自分でバイク買って学校にバイクでいくようになった。禁止なのに。

ある同級生の子に、俺ボスってあだ名だったの。何でか知らないけど。「ボスボスボス!あんたのバイク保健室の前にあるよ!」って。「なんで保健室なんかにあるんだよ!」って行ったら鎖でぐるぐるにされてて、通報があったんだろうね。で、停学くらって色々考えて辞めることになった。

とにかく思いついたら行動で、学校いくのやめようと思った翌日に駅のトイレに制服投げ捨てて、通学定期を売って、そのお金で仙台に行ったの。で、仙台でしばらくバイトさがしたりして、帰って正式に高校やめた。その後レーサーを始めるんだけど、その前にペースト工場で働いてたんだよ。

でっかいマスクしてヘルメットかぶって、作業服で。落ちてもいいようにワイヤーかけて。米?米10キロ売ってますみたいな袋あるじゃん。ほんと説明下手だな俺。パレットっつって板の四角い、板の四角いって大丈夫かよ俺。それを二人がかりでT字にでっかいカッターで切って人力で満杯にしていくの。

それやりながらレースを続けてたけど才能ない、全然だめなの。ライセンスとって走ったりしてて、全日本の選手とか一緒だったけど俺はもう限界で走って死ぬと思ってブレーキかけてるけどプロの人はスパァって横抜けていくんだよね。で。もう才能無いわって思ったのが高校辞めて1年ぐらい。

いかんと思って。毎朝ラジオ体操すんのね。班長といっしょに。 「ここに俺の未来派ない」と思って、一人じゃ何も出来ないぞって思って大学いったらいいんじゃねぇかって。大学いくことになったの。だいぶはしょったけど

大学入って身体動かすの凄い好きだったから入学式の時に初めて声かけてきた運動部に入ろうって決めててバレー部の人に声かけられて「はいります」って。初心者ですけど。で、その部に長髪のベース弾ける先輩が居て、ライブもしてて。

俺もギター弾いてて学園祭でライブとかやってたから俺も昔やってたんですよーっていったらじゃぁ一緒にやろうってまたバンド活動が始まった。順番間違えたけどバイクのレーサー目指してるとき色んな本読んでて。

片山敬済選手がいてその人が優勝したときに「世界一なれると思ってましたか」って「なれると思ってました。俺より努力してる人は一人もいないから」って言い切ってすごい慣例をうけて俺はそれからガツガツやることが好きになっていった。

バンドやりつつ、卒業するときにまだバンドやってたから就職しなかったの。デイリーストアとかでバイトしてて。そのデイリーストアいけてなかったけど。笑 パチスロばっかやってて、当時やってたのはELLEの前のバンドでそのバンドも結構メーカーから声かかってS●NYとか。

何個かあるんだけど当時のシステムは、インディーズがよくなくて行き成りかっちりした人が楽屋にきたりして。悪引きがあってどのバンドの芽がでるかわからないから色んなバンドに声かけて囲うのね。芽がでてきたやつだけデビューさせて。上手いことばっか言うし。あとは衣装だねとか関係ないじゃん。

曲を書くたびにこれはもっとこうはもっとああとか、汚ねぇな大人ってって段々腹立っててめぇがやれよって辞めたの。音楽に愛想が尽きてこんな世界に俺はいたくないって。極端だから性格が。バンド関係一気に切ろうと思って携帯も解約して引っ越した。誰にも連絡せず友達が一人も居なくなっちゃって。

その間パチスロで借金してまして。いわゆる多重債務者だったのね。アコムとかアイフルとか・・・あぶねーからほんと手だすなよお前ら。(めっちゃ説明してくれた)

俺は大人になりたくないだけじゃないかって思っててそのモラトリアムでだらだらやってて確かめようと思って就職した。履歴書にでたらめいっぱい書いて、コンピューターできますって。小学生のときPCやってたし。派遣の会社に入ったのね。二重派遣で。

おっきな会社のプログラマーとして就職できた。なんで就職できたかかわかんないけど。面接する人がワードとかエクセルばっちりだねって。ワードとエクセルってなんだ?って。笑

それまでのレーサー人生とか一変して、ある日会社に初めて行ったらデスクがダーって並んでて来たぞコレ俺キちゃったんじゃないのって。隣に居た人がデーター送ってってなって。

今LANでつながってるから共有ファイルに移動しただけでいいんだけど俺のPCの知識は小学生で止まってたから3.5インチのフロッピーに入れて渡したの。先輩が「なんでフロッピー?」ってなんでフロッピーの意味がわかんなくて「さぁ?」って。な?結構何とかなるんだよ。

仕事していって仕事するふりして石井原さんの本置いて毎日勉強して 。実際プログラマーは凄い出来るようになったの。

仕事していって仕事するフリして石井原の本置いて毎日勉強して。実際プログラマーは凄い出来るようになったの。実力を買われて、海外の共同プロジェクトでプラットホームがC++のオブジェクト指向の当時は凄い新しかったサービスパッケージを作ってる海外のシリコンバレーの会社の技術を使って

〇〇会社が新しいシステムを開発します。っていう(すみません職種の名前忘れちゃった)日本の企業から何人か行って、そのプラットホームの技術を全部覚えて帰ってきて自社内で教育をするっていう人になぜか二重派遣の俺が任命されて、サンフランシスコに行くことになった。

その直前にウブが俺に、いや逆か。突然俺がウブに電話して、なぜか俺もずっと作詞してて。歌歌うことが好きだから。高橋に電話したんだ。したら「ウブが探してるよって」会ってみてバンドくんで。

インディーズでやらしてくれる事務所でいいなって思って帰国後バンドを始めました。たまに平日にライブがかぶると「今日風邪気味なんで」って。でも休日に仕事やったりして穴を開けたことはない。

初めてCD作った時だって人なんかいないし、一番印象に残ってるのが松山サロンキティで3人しかいなくて。1対1でも余るぞ!って。ライブハウスでしても金なくなるだけだから路上ライブして。5分ぐらいでセットしてガンガン演奏して毎回警察に止められて気づいたら応援してくれる人がいて。

全国回ってるうちにぽつぽつSOLDなったりして。その後でファーストがでたりして。CD会社の人がいてCDが出てじゃなくてこっちからガンガン行ってCD出してって感じだったから。ちょっと変わってるかもしれないね。ま、ちょいちょい活動していったわけです。

ま、ELLEが続いたわけです。皆すっげー聞きたいと思うけど、これこそ他の3人がここにいないからアンフェアになるから理由とか一切触れるつもりはないけど自分の創作スタイルとか人間性の欠陥とかが大きな(休止の)原因になったことは間違いない。

俺なりに考えて何かしら為になる話が出来ないかなと思って、唯一今話しててわかって貰ってる通り何が起こるかわかんないの。俺ロードレースでホントに世界チャンピオンになりたいと思ってたから。

それが気づいたらプログラマーなって海外行ってシリコンバレーで優雅にスイス人と一緒にお茶したあげくインディーズから始まってとかして。メジャーデビューして活動とかしていて今こんなとこで話が出来てるとかホントわかんねぇよ。

それってそんなに、ここ10年、15年の話なわけで。皆が10年後こんなふうにとか、こっちへとか。ある程度決めるのも大事かもしんねぇけどいやほんとわかんないよって思うのね。

いっぱい失敗してきたけど、振り返って思うのは何かを学んだことだと思うのは絶対失敗したことだから失敗するとか怖いけどそれってホントにいいことだよ。って言うことが伝えられるといいなと思って話させてもらいました。

変化ってホントに良いもんだなぁって思ったのはELLEが休止して、ある朝家のポストにメールが届いてて。矢野明子さんから。おっきい雑誌の切り抜きにタクシーと犬が書いてるやつに犬にふきだしつけて英語で「ねぇ変化っていいものよ」って書いてて。俺はそんなことができる先輩になりたいと思った。

ホントに変化っていいもんだからわくわくして飛び込んでいって欲しいと思います。 一個目おしまーい。じゃぁ二つ目いきまーす。 お!ちょっと先生ぽかった今!「二つ目いきまーす(黒板に書くフリ)」 俺先生になりたかったからさ!

完ぺき主義っていう自分の創作スタイル。完ぺき主義って嫌じゃない?めんどくさいし神経質なやつ多いし。でもクリエーターって神経質だから。こだわり倒すし妥協はない。そんな人が俺は好き。

影響受けた人物についての質問は、間違いなく黒澤明さん。スタンリー・キューブリック監督、ハイヒール作ってる人(名前わすれました。なんとか)ラリックさん。

黒澤監督のエピソードで有名なのは赤ひげって言う映画で、背景に薬棚が写りこむシーンがあって。薬棚に小さい薬が入ってて。でも実際は薬草いじるシーンが無くて。小道具さんはしっかりした薬棚を作るけど薬草は入れてなくて。

監督が薬棚開けたら薬草が入ってなくて小道具さんよびだして。「なんで薬入ってないんだ。薬が入ってない薬箱ってあんのか」って。そういう完ぺき主義って俺はホントにすき。そういう作品も好き。

スタンリー・キューブリックのシャイニングがすごい好きで。ほんとに名画だから見てみて。お母さん役の人がヒステリックの役で、包丁持ってて。その人の演技を引き出すためやった演出手法がぶっとおしで働かして1時間休ませるふりして10分後に撮影とか。

「あなた1時間休ませてくれるっていったじゃない!」って監督の胸に小道具の包丁向けながら。完ぺき主義のいいとこ悪いところはあるんだけど。そういう逸話もあります。

(なんとか)ラリックさんのはそのまま日本語引用なんだけど面白いなと思ったのが「私は、この経験を教訓に完ぺき主義になった。おかげで今や嫌われ者。同僚や職員達にしてみれば私との仕事は拷問だ。」っていっててさ俺はすごいこれに対しては異論あるかもしれないと思ってる。

仲間って大事っしょ、皆で作るんだったらそこは折れたりとか50:50でしょ。みたいな感覚に俺はなって、だからもの作ってると常に人と衝突するのね。ホントに物作りをすると敵がめちゃくちゃ増えるし、最後まで居てくれる人も少ないんだけど。

今HIATUSやっててね、一緒に物を作るクリエーターの中にこいつには勝てないかもしてないって思ったりとか巨大なリスペクトをもてる相手とかと完璧主義同士でも難なく仕事がこなせるのも、そっかって思って今HIATUSではジャケットから何から俺がやるとは思ってなくて。

すげー奴いっぱいいるから俺は歌とメロディーだけ徹底的に完璧にやらせてもらいますって感じで今めちゃくちゃ勉強中なんですよ。 (物を作る仕事に就いてる、就きたいと思っている人に物作りに対しての完璧主義ってどう思う?という質問。)

例えば猫のイラストは絶対譲れんみたいなのに上司に反対されたら?という質問に 仲間作って上司を潰すという回答に「よしっ、よしっ」ってガッツポーズした。細美さん。)ありがとうございました。最高でした。

この話で俺はこれでやれてきてるからいいんだけど、人から疎ましがられたり嫌われたりすんごい怖いことだと思うんだけど、もし物作りに行こうとしてる人がいたら恐れないで欲しい。そこで誰かに好かれようと思わないでほしい。周りから奇人変人に思われてるのがいいよっていう軽いお話でした。

最後は重たいぜ?震災に関するお話です。俺3、4ヶ月の前のことでもそれが何月のことだったかとか絶対覚えてられないからいつっていうのは事実と食い違ってると思うけどそれはごめんなさい。

京都がどういう状況で皆がどういう感覚で今回の震災を受け止めたかわかんないけど、俺は東京だったし凄い近かったから、高速3時間走らせたら宮城とかいけちゃうからさ。あとツアーでまわってていったこと無い県がないから、宮城や岩手がこんなことなってるとか聞くと目に浮かぶんだよね。

ここ10年とか出会ったやつらのうち少なくないやつらが被害にあってるとおもうし。他人事じゃないと思って炊き出しに参加したんです。初めて被災地いったのはその日じゃないけど。炊き出しに行ったときに美味しいご飯作って…避難所の生活とか中々イメージ沸かないと思うけど・・・

例えばどんべぇのカップみたいなのに割り箸あるでしょ?それで食事配られてそれをまた洗うんだけど水ないから給水車からちょろちょろって水出して洗って。そういうとこなんだけどさ。

そこで炊き出ししたときに、俺別に有名人でも著名人でもねぇし並んでる人に笑顔で炊き出し渡しても意味がないからボランティアセンター行って登録して初めて瓦礫の撤去の手伝いさせてもらったんだけどそれは震災のすぐ後で、

俺が行った街って人口の半分ぐらいの人が亡くなってしまった小さな街なんだけど温泉のある観光地で。建物が全く無いからさ何キロ先までも、ぐしゃぁってなった木の瓦礫だったりとか。本来絶対見えなかった防波堤の防風林までみれるんだ。

そこにあった木が流されてきてそれがおうちの庭に真横に横たわっていてさ、それをノコギリで切ることからはじめて。ちっさく切ったのを担いでって。

道端に瓦礫を全部だしといたら自衛隊の重機が全部回収してくれるんだけど、その瓦礫を道端に出す作業は人力じゃないとできないからそういうのでボランティアは凄い必要なのね。

すごい色々考えて行ったつもりだけど、認識は甘くて。スペアタイヤの束みたいなのがあっておうちの人に「これまだ使えそうですよね。取っときますか?」 って言ったら「それうちのじゃないんです。どっかから流れてきたんです。」って。

そんな状況でそういうのをどかし、木とかも全部どかし下から出てくるものは多分、小さな女の子が履いていたであろうピンクのサンダルとか中学校の卒業文集とかなのね。・・・うーん。(言葉に詰まってた)

で、一件目のお宅で猫の人形があればとっといてください、凄く大事な思い出の品なんで」って言われたものがあって、それはでてこなかったんだけど。次にボランティア行ったときに二件目のお宅で最初に聞こうと思って「もし何か出てきたら取っておくものありますか」って聞いたら

そこのお父さんは逆に「そんなもん何も無いでしょ。何も。」と言われました。一人ひとりほんとに違う傷つき方をしていてさ、それがボランティアに出来るかぎり限り行こうと思ったきっかけなんですよ。

ボランティアセンターに同じところに行ってるうちに気づくレスキュー隊の人がいて、あるとき俺はブログに明日ボランティア行きますって書いてるのを見て、待っててくれたやつがいたみたい。

そいつと凄い仲良くなって今も連絡は取り合ってるんだけど、俺が今話した話はあくまで震災が起こった後で、そいつから聞いた話ってのは震災がおきたときの話なのよ。

この話をちゃんとしてきてくださいって言われたから今するけど、そのレスキュー隊であるそいつが実際津波が来たときは民家の屋根に上って避難してたんだって。そのときに回りに一緒に屋根に乗って避難してる人がいて四方の道路は全部津波が来てて水がバァっなってる。

TVの映像ってそういうところは流せないから流してないけど、実際生きてる人が目の前をガンガン流されていくんだって。「助けてー」って。大声で叫びながら。助けてってそれ(流されてる)屋根の上にいる本人が言ってるんだよ。でも(それを見てる)そいつレスキュー隊。

でもはっきりわかってるんだって。助けに飛び込んだら自分が死ぬって。「細美さん、俺飛び込めなかったよ。」って。(暫く涙ぐんでた)で、最近電話で・・・話す機会があって最初三ヶ月ぐらい皆毎日そういう夢を見たらしくてとてもじゃないけど眠れなかったって。

最近やっと寝れるようになりましたって。明るく話せるようにそこまで戻ったやつが言ってたのが「今日も仮設住宅で自ら命を経った人がいたんだよ」って。いう状況です。

もしみんなの中で何かホントなんでもいいから力になれると思うことがあれば協力してあげて欲しいなと思います。お金を出す、募金するとかだけがドネーションじゃなくて。今の現状がどうなってんのかとかネットで調べたらわかることだから少しでもわかってほしいなって。

ボランティアなんて自分が行こうと思わなきゃ行かないから。誰にも言うつもりはなかったけど現地の人に言われたからお話しました。

俺なりに思うのが東京って停電があっただけだから前より随分暗いんだよ。街頭の数が減ってて。最初半分ぐらい電気消えててめっちゃ暗いって思ったけどそれから8ヶ月経とうとしてる今誰も文句はいわず、元々明るすぎただけで。元の電力に戻す必要は無いって皆わかってる。

俺今回の震災で残ったものが悲しみだけだったっていうのが絶対嫌だ。無神経かもしれないけどいいほうに変わるかもしんないって思っときたい。帳消しになんない。辛い悲しみがありました、楽しいことがあったからってその悲しいことって消えないじゃん。

足し算も引き算も出来ないけどそれでも何か変われたらいいなって。はっきりいっちゃえばあんなけのことがあったのになんも変わってない俺らの頭がアホすぎるって思っています。 コレで全部おしまいです、ありがとうございました。

で、関係ない質問答えちゃっていいですか?

Q.好きなお寿司のネタはなんですか?
A.中トロです。中トロか?中トロです。

Q.好きなお酒と飲み方を教えてください。
A.好きなお酒はウイスキー。ブレンデッドウイスキー が好きです。シングルモルトは臭くて駄目!

Q.口癖はなんですか?
A.わっかんねぇ!(笑)最近よく「ぜ」をつけます。良く「ぜ」をつけるぜ?ww 

Q.ポテロングや雪の宿、グミなどが好きとおっしゃられていましたが、菓子類がお好きなのですか?
A.・・・はい ありがとうございます。

Q.音楽業界に対しての文句を。できなかった不満とか。
A.ディスれと?w俺は一回もそれはやだとか思ったことが無い。ラッキーな立場。井上雄彦さんの言葉で共感したのは「漫画家であり続けるために、漫画を書くことに興味が全くない」俺も自分がミュージシャンであり続けるために、音楽なんか作りたくないんだわ。今作りたいものがあって発表したいものがあるから作ってるだけで。誰も指示も聞かないよ。これから先。

Q.細美さんなりの補正するための行動を教えてください。
A.一番気持ちよくなるものは、風に揺れるもの。人が作ったものじゃなくて、自然のものがいっぱいあるとこにいくと元気になる。東京にはなるべくいたくないと思ってます。

Q.俺達3人とも香川出身なんですけど、うどん以外のものをPRしてください。
A.あぁうどんねって思っちゃった。笑 足りないところを補足するより伸びてるところを伸ばしたほうがいいとおもうのね。笑 ほんとう美味いから香川のうどん。るみこばあちゃんのうどん屋さんオススメ。100円?溜まり醤油ワンプッシュかけて生卵とかちくわとか乗せて食うんだけどほんっっっっきで美味い。宇宙一美味い。でも間違って2プッシュしちゃったときはもーしょっぱくてダメだった。

Q.楽曲製作について。歌詞は曲のイメージからか、ぶちまけたいことを書いているのか。
A.メッセージなんてこめてない。インタビューでも聞かれると困るんだよね。作品を作って発表してるだけで、これを通してみんなに言いたいなんてことは言ったほうが早い。詞として面白いとか作品として成立してるかの方に興味があって歌詞なんて意味なくていいと思うんだ。ていうのが俺の持論。でも人間の価値観や感覚ってどうしても入り込んでしまうからそれはすごくいいと思う。2年に一回人生哲学論文を発表してるだけだからぶちまけたいことがあれば言ったほうが早い。

(っていうことでした。多分。伝えるメッセージとして詞を書いてないってことです。)

Q.真面目な質問していいですか?最近オナニーしたのいつですか?
A.昨日の夜二回した。よかったー昨日二回しといて。笑

Q.なんでそんなにキッズと近い距離で居続けてくれているんだろうか。
A.今度「だろうか」貸してもらうわ。笑 「だろうか。」笑 時代時代の価値観って変わるじゃん?前の世代の中に価値観が普遍的な人が居ると思うんだ。けど変わらずガキの頃もってたやんちゃくれな部分って持っててほしい。手に入れるのは経験と知識だけで良い。誰からも相手にされなくなっていくときにすごい多くの割合の人たちが理想主義で純粋で、そのまま世代交代してみ?すげー良い国になると思う。大人の境目で俺は皆を止めておきたい。作詞を作りたいということと別にそうでありたい。だから皆からするとそう見えるのかもしれない。

Q.高架線のローラって誰ですか?
A.Her name is Laura(ちょっと歌ってくれた)ってのは歌詞ができた最初からあった。仮詞を書いたときに出てきててそれが残ってるだけ。ローラって知り合い一人も居ない。彼女じゃないです。残念だったね!

Q.人生を変えた音楽って何ですか?
A.シメに良い質問だ!シマッスングパンプキンズのTodayって曲。(質問した人が「(その曲)好きです」って言ったら「ありがとう僕も好きです。」って答えてたwww)

(花束の贈呈www赤いバラでした。笑)

今日語ったことが皆に守ってねって事じゃないし、そこから何か学んでって言うことでもないから。今話したいと思ったことがあっただけのこと。そこだけ勘違いしないでお互いを教えてもらったりしながら進んでいけたらいいなと思いました。

(アンコール(ライブの時の手拍子))

アンコールありがとね!(何か歌ってー!)バカ50分歌ってー歌ったら、違う間違えた50分喋って最後に歌ったらホントに50分のMCになっちゃうから今日は歌わないです。(皆で歌おう!)くっそー俺がなんでも聞くと思うなよ?

ホントに今日は初めてこうやってしゃべれて、俺先生になりたかったからホント楽しかった。アンコールにお答えして、いややんねーよ?(歌を。)

どうしても質問したかった人が居れば。

Q.音楽の魅力を教えてください。
A.アルバムとかぜったいもう作りたくないとおもうけど完成した後がすっげーいいから。必死で取り組んでる感じが楽しくてしょうがない。ライブに出て皆が楽しそうな顔をしてるとどうしても幸せになっちゃう。それが楽しみなところが魅力。

Q.モッシュとかダイブについて。最近の好きな芸能人とか。
A.ダイブとかモッシュはすごい好き。俺は。ルールがあるっていうイベントに行った自分がどうするかじゃない?俺は客席にいたらってのを言っちゃうとまずいから言わないけど皆は何をする権利、自由はある。途中退室禁止ってのも出て行く自由ある、大学退学する自由もある。ツアーボイコットする自由もある。皆実は全部の自由をもってるぞっていう。忘れないほうが良いんじゃないそういうの。

最近シャラポワ以降いねーんだよな。民法TVみないから。怪しい伝説っていうディスカバリーチャンネルのドラマでそのうちの検証する三人のうちの一人がかわいいなって。

Q.タトゥーの思い入れ
A.きわめてプライベートだな。俺は二極性障害というか。なんか忘れないようにどっかにいれておきたいってのが最初。最初に入れたのは胸のツバメ。身体にかいておきゃ忘れない、ってのが最初。何かあるごとに書いてってる。オススメはしないよ。ホント。

Q.ファンの人を釘付けにするオーラが出てるけどどうやったら出るんですか
A.俺自分のライブみたことないからわかんない。自分が一体誰なんだいって追い込んで考えるほうがミュージシャンとしては先に行くのが早いと思います。


以上でレポ終わりです。

読んでくれた人ありがとう。枠は1時間だったんだけど結局1時間半ぐらい喋ってくれました。

細美さんの人間性がすごく見れた講義でした。
Plurk paste: Paste #743475

Oct 8

Sep 26
ニュートリノが実は光より速かったというのである。

 最初に言っておくと、今回のこの発見、間違いである可能性が高い。
 報道されているように、もしニュートリノが光より0・0025%も速いと、小柴昌俊教授のノーベル賞受賞のきっかけになった超新星1987Aの観測と矛盾してしまうのだ。
 超新星1987Aは大マゼラン星雲の中にあり、地球からの距離は推定16万光年。爆発の光が地球に届くのに16万年かかる。ニュートリノが光より0・ 0025%速いと、それより4年早く地球に届く。つまりニュートリノは1983年に地球に届いていることになり、1987年に観測できるわけがない。
 これについては、今回の実験で使われたニュートリノに比べて超新星からのニュートリノのエネルギーがきわめて高く、光速とほとんど変わらないという可能 性もある(超光速粒子は光速に近いほど、つまり速度が遅いほどエネルギーが大きい)。このへんは詳しい情報が入らないと何とも言えない。
 科学の世界では間違った発見なんて山ほどある。今回のニュースもそうしたもののひとつかもしれない。浮かれると後でがっかりするかもしれないので、冷静に続報を待ちたいと思う。
(日本でもT2Kで追試してくれないか……と思ったんだけど、J-PARCがまだ震災から完全に復旧してないかも)

 ちなみに、僕は驚きはしているが、それほど意外とは思っていない。
 というのも、ニュートリノが実はタキオン(超光速粒子)かもしれないという説は、十数年前からあったからである。
 当時、僕はそれを聞いて、さっそく小説の中に取り入れた。『ミラー・エイジ』(角川書店・1998)の最終章である。お持ちの方はぜひこの機会に読み返していただきたい。

 ところで、世間ではこのニュースを誤解している人が大勢いる。
 特に読売新聞が「根底崩れた?相対論」などという間違った見出しを堂々とつけたんだから、なおさらである。おかげで早くも「やはり相対性理論は間違っていた!」と浮かれるトンデモさんがあちこちに現われている(笑)。

根底崩れた?相対論…光より速いニュートリノ
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110923-OYT1T00374.htm?from=popin
> 現代物理学の基礎であるアインシュタインの特殊相対性理論では、宇宙で最も速いのは光だとしている。今回の結果は同理論と矛盾しており、観測結果が事実なら物理学を根底から揺るがす可能性がある。

 誰だか知らないが、この記事を書いたやつは、特殊相対性理論のことを何も分かっていない。相対論は「宇宙で最も速いのは光」などと言っていないのだ。
 物理学の世界でタキオンの概念を最初に提唱したのは、アメリカの物理学者ジェラルド・ファインバーグ。1967年のことである。
 ファインバーグは相対論を否定してなどいない。相対論の枠組みの中で光より早い粒子が存在する可能性を示したのだ。
 相対論によれば、物質のエネルギーは光速に近づくほど大きくなり(これは粒子加速器の実験で検証されている)、物質を光速まで加速するのには無限のエネルギーが必要であることが示されている。物質を加速させて光速を超えることは不可能である。
 つまり、絶対に超えられない「光速の壁」が存在するのだ。
 しかし、粒子が最初から光速より速ければ、「光速の壁」を超える必要はなく、相対論に矛盾することはない……というのがファインバーグの主張だった。

 産経新聞もいいかげんなことを書いている。

光速超えるニュートリノ 「タイムマシン可能に」 専門家ら驚き「検証を」
http://sankei.jp.msn.com/science/news/110924/scn11092400300000-n1.htm

> 名古屋大などの国際研究グループが23日発表した、ニュートリノが光よりも速いという実験結果。光よりも速い物体が存在することになれば、アイ ンシュタインの相対性理論で実現不可能とされた“タイムマシン”も可能になるかもしれない。これまでの物理学の常識を超えた結果に、専門家からは驚きとと もに、徹底した検証を求める声があがっている。

>「現代の理論物理がよって立つアインシュタインの理論を覆す大変な結果だ。本当ならタイムマシンも可能になる」と東大の村山斉・数物連携宇宙研究機構長は驚きを隠さない。

 本当に村山斉という人がこんなことを言ったのかどうか疑問だ。記者がインタビューしたものの、回答の意味がよく分からなくて、いいかげんな要約をしたのではないかという気がひしひしとする。
 タキオンでタイムマシンはできません!
 なぜなら、すでに述べたように、タキオンは生まれた時から超光速なのだ。通常の物質(人間の体も含む)は光速を超えられない。つまり人間は過去には行けない。
 その後の文章がさらにひどい。無茶苦茶だ。

>アインシュタインの特殊相対性理論によると、質量のある物体の速度が光の速度に近づくと、その物体の時間の進み方は遅くなり、光速に達すると時間は止まってしまう。
> 光速で動く物体が時間が止まった状態だとすると、それよりも速いニュートリノは時間をさかのぼっているのかもしれない。すると、過去へのタイムトラベルも現実味を帯び、時間の概念すら変更を余儀なくされる可能性もある。

 ああ、ああ、ああ、素人がよくやる誤解だ。でも、大新聞がこんな大間違いを堂々と書くなよ!(涙)
 仮にニュートリノが光より0.0025%速いとしても、すでに述べたように、光よりほんの少し速く到着するというだけ。つまり到着時刻は出発時刻より後なのだから、時間をさかのぼってなどいない!
 ほんの少し考えりゃ分かりそうなもんなのにな。

 時間をさかのぼるには、ニュートリノの速度をさらに速くして、無限大より速くしなければならない。
「無限大より速いって何だ?」と混乱される方もおられるかもしれないが、要するに速度がマイナスになるということである。
 速度無限大なら、粒子は発射と同時に到着する。さらに速くなれば、発射された時刻より前に到着する。つまり時間をさかのぼる。
 速度は移動距離÷移動時間。出発した時刻より前に戻るなら、移動時間はマイナスなので、速度もマイナスになる。
 難しくなるので説明ははしょるが、相対論では「光速の壁」というものはあるが「速度無限大の壁」というものは存在しない。光速は超えられないが、速度無限大は超えられるのである。

 もし速度がマイナスのタキオンというものがあるなら、それで過去に信号を送れる。『地球移動作戦』に出てきたシビュラ計画のように、大事故や災害に関する情報を過去に送って、惨事を回避することも可能になるかもしれない。
 しかし、光速より少し速いだけでは速度は依然としてプラスであり、過去には戻れない。
 ましてタイムマシンなんて無理なのだ。
山本弘のSF秘密基地BLOG

Sep 14

「ゴミ箱を空にする」と「確実にゴミ箱を空にする」の違いと、「確実にゴミ箱を空にする」コマンドのキーボードショートカットを有効にする方法です。

キーボードで完全にファイルを削除する

「確実にゴミ箱を空にする」コマンドをキーボードショートカットで実行することができます。

「ゴミ箱を空にする」と「確実にゴミ箱を空にする」

Mac OSには、ゴミ箱に捨てられたファイルをディスクから削除する方法が2種類あります。

一つは「ゴミ箱を空にする」です。

これは、削除の速度が速く、Mac OS上からはファイルは削除されますが、特殊な復帰ソフトを使用すると削除したファイルが復元できてしまう弱点を持つ方法です。

もう一つは、「確実にゴミ箱を空にする」です。

これは、削除したファイルが記録されていたディスクの場所を何度も上書きして、ファイルを復元できなくする方法です。上書きするため、速度の点では劣ります。

このようにFinderのメニューから選んで実行します。

「確実にゴミ箱を空にする」のキーボードショートカット

「確実にゴミ箱を空にする」のキーボードショートカットを有効にする小技を紹介します。

通常、「ゴミ箱を空にする」には「Command」キーと「Shift」キーと「Delete」キーを同時に押します。

そして、「確実にゴミ箱を空にする」のキーボードショートカットは無いように見えます。

しかし、設定を変更することで「確実にゴミ箱を空にする」のキーボードショートカットを有効にできます。

まず、Mac Finderの「環境設定」から、「詳細」タブをえらびます。

そして、「確実にゴミ箱を空にする」のチェックボックスにチェックを入れます。

これで、「Command」キーと「Shift」キーと「Delete」キーが「確実にゴミ箱を空にする」のキーボードショートカットとして利用できるようになります。

また、ゴミ箱アイコンを「Control」キーと「Command」キーを押しながらクリックするか、「Command」キーを押しながら右クリックすれば、「確実にゴミ箱を空にする」というコンテキストメニューを使用することができます。

以上、Macのキーボードショートカットで完全にファイルを削除する方法でした。

Macのキーボードショートカットで「確実にゴミ箱を空にする」方法 / Inforati

Sep 13

よく使うショートカットキー

「WindowsのCtrlキー=MacのCommandキー」と考えてもらえれば、同じキー操作でできることもたくさんあります。
異なるものだけを集中的に覚えていけばよいと思います。

カーソル移動

Macのショートカットキー 説明 Windowsの場合
command + 上矢印 先頭に移動 ctrl + home
command + 下矢印 末尾に移動 ctrl + end
command + 左矢印 行頭に移動 home
command + 右矢印 行末に移動 end
fn + 上矢印 上スクロール pageup
fn + 下矢印 下スクロール pagedown

ファイル・フォルダ操作

Macのショートカットキー 説明 Windowsの場合
command + C ファイルをクリップボードにコピー 同じ
command + D ファイルコピー(ファイル名の後ろに「コピー」がつく) なし
command + V クリップボードからファイルをペースト 同じ
command + delete ゴミ箱に入れる(ゴミ箱に入れずに直接削除はできない?) delete
command + 上矢印キー 1つ上のフォルダに移動 backspace
command + 下矢印キー ファイルを開く/フォルダを開く enter
command + I 情報(プロパティ)を見る alt + enter
command + L ファイルのエイリアスを作る なし
shift + command + N フォルダの新規作成 なし

ブラウザ操作(Chrome)

Macのショートカットキー 説明 Windowsの場合
command + [ 戻る backspace
command + ] 進む shift + backspace
command + shift + [ 前のタブに移動 ctrl + tab
command + shift + ] 次のタブに移動 shift + ctrl + tab
command + R 更新 F5

テキスト操作

Macのショートカットキー 説明 Windowsの場合
command + A すべてを選択 同じ
command + C 選択したテキストをクリップボードにコピー 同じ
command + V クリップボードからテキストをペースト 同じ
command + X 選択したテキストをカット 同じ
command + Z 前のコマンドの取り消し 同じ
shift + command + Z 前のコマンドのやり直し control + Y

ウインドウ関連

Macのショートカットキー 説明 Windowsの場合
command + M ウインドウをしまう なし
command + N 新規ウインドウ 同じ
command + W ウインドウを閉じる 同じ
command + tab アプリケーションを順に切り替える alt + tab
shift + command + tab アプリケーションを逆順に切り替える shift + alt + tab
command + Q 最全面のアプリケーションを終了 alt + F4
option + command + esc 強制終了 control + alt + delete

スクリーンキャプチャー

Macのショートカットキー 説明 Windowsの場合
shift + command + 3 画面をファイルに取り込む なし
shift + control + command + 3 画面をクリップボードに取り込む printscreen
shift + command + 4 選択した範囲をファイルに取り込む なし
shift + control + command + 4 選択した範囲をクリップボードに取り込む なし

【範囲選択中は下記の操作が可能】
optionをホールドしたまま = センターから選択
shiftをホールドしたまま  = 水平か垂直にポジション
スペースキー       = 任意のウィンドウを選択
esc            = スクリーンショット解除

マウス操作

Macのマウス操作 説明 Windowsの場合
command + ドラッグ ドラッグして別のボリューム/場所へ項目を移動 shift + ドラッグ
option + ドラッグ ドラッグして項目をコピー ctrl + ドラッグ
option + command + ドラッグ ドラッグして項目のエイリアスを作る alt + ドラッグ

Windowsには無い特別な機能

Macのショートカットキー 説明
スペース Quick Look
option + command + Y スライドショー
command + スペース Spotlight 検索フィールドを表示る
control + 左矢印 左のスペースに移動(タッチパッド3本指で右にスワイプ)
control + 右矢印 右のスペースに移動(タッチパッド3本指で左にスワイプ)
control + 上矢印 Mission Control(タッチパッド3本指で上にスワイプ)
control + 下矢印 アプリケーション Exposé(タッチパッド3本指で下にスワイプ)
F11 デスクトップを表示
F12 Dashboardを表示
shift + command + F フルスクリーン表示
option + command + 8 ズーム機能のOn/Off
option + command + ^ 拡大(ズーム機能On時)
option + command + - 縮小(ズーム機能On時)
control + command + D 辞書ポップアップ(safari、テキストエディタなど標準アプリでのみ?)
MacBook Airのキー操作がわからん!Windowsユーザーが戸惑うショートカットキーまとめ(チートシート付) | Chrome Life

“最近の若い連中ときたら・・・優秀じゃねーか!最近、そう思うことがとても増えてきた。
でもね、なんかよく理解できないんです。根っこが違うから。結果は残すし、結果を残せなくても後に生かせるようにするし、ほっといてもサラリと難題もこなす。ほんと、こいつら優秀だなあって思うんだけど、自分の感覚の中の「出来る奴」っていうワクに当てはまらないから、なんとなくモヤモヤ感がある。結果をきっちり出すから、ちゃんとプラス評価してやらないといけないし、ちゃんと加点する必要がある。だけれども、自分が人事委員会などで、コイツはこんなに優秀なんだ、だから評価高いんですよ、と説明する時に、うまく説明出来ない。モヤモヤ。ちゃんとその部下、後輩達を理解してあげないと、こっちが上に上げる報告がうまく出来ない。
そういうモヤモヤも少しづつ、少しづつ減ってきてはいるんだけれども、それならそれで今度は、こっちがうまく説明できているつもりではいるんだけど、自分の上司やら人事部がうまく理解していないのが、これまた気になる。
そんな事を考えていたら、ちょっとした事に気が付いた。以下について、ご意見を頂戴したいと思って増田に書く。
1.1回言えば解る
2.何度も言えば解る
3.怒鳴らないと解らない
人間、ざっと上記の3パターンに別れる。
3パターンの中でも、それなりに程度があって、それぞれさらに2つに別れる。
1.1回言えば解る(言わなくても解る:1回言えば解る)
2.何度も言えば解る(1.5回で解る:何度も言えば解る)
3.怒鳴らないと解らない(怒鳴らないと解らない:殴らないと解らない)
最近の若い連中は、それぞれ3パターンの中でも程度が良い方(前者)が多いと感じている。旧世代は後者。
で、本当は旧世代でも前者の人間はいるんだけど、今までの世の中は、「テメーやる気あんのか!すいません、もっと頑張ります!」みたいなカタチで仕事を進めてきているので、本来、言わなくても行動できるやつとか、1.5回で解るやつらは、つらい思いをして、実力を発揮できない人達が多かったんじゃないかと思われる。効率悪いね。小中学校や大学の頃からだって、そういう教育方針でやられてきてるから、勉強だって、運動だって、仕事だって、とにかく、やる気/根性があればクリアできる。みたいなのが旧世代。主に今の40歳以上か。
最近の若い連中は、ゆとりだのなんだのって話もあるけど、旧世代とは違って、殴られたり、怒鳴られたりして教育されてきていないので、程度が良い連中が伸びまくってる。
一方、最近の若い連中の中でも、本来、殴られたり、規則でがんじがらめにされないと理解できない連中が、そういう事をされてきていないので、程度が悪い連中はとことんクズ。
なので、俺がいうところの「最近の若い連中」は、ざっと28歳以下くらいなんだけれども、後5,6年もすれば、会社の中はかなり変わってくると思っている。優秀さが違うので、2人前、3人前、それ以上のパフォーマンスを出してくる。旧世代の人間は、効率悪い動きをしているので、人数がたくさんいるんだけど、最近の若い連中は効率が良いので、人も少なくて済む。ほんと恐ろしい。
所詮、俺の会社の話なんだけど、案外、世の中、全体的にそういう流れになってんじゃないかと思う。今、就職が厳しいって話あるけど、あれって、最近の若い連中があまりに優秀なもんだから、たくさん雇用する必要が無くなってきている表れでもあるとも思っている。それと本来は殴られないと成長できない人間が、殴られていない為、程度が低すぎて雇用されにくくなってきているのではないかと。俺自身は、怒鳴られ殴られないと、理解出来ない旧世代の中でもだらしない方の人間なのだけど、時代が酷い時代であったからこそ、それなりにまともに人並みに成長してきたんだと思っている。
つまり、古い時代は、優秀な人材の頭を抑えて潰して、程度の低い人間は、家畜のように管理する事で全体の底上げはされているけど、上が伸びていない状態であった。効率悪い。但し、ほぼ全員が生きられる時代。我慢さえしていれば効率が悪くても全員が食えた。
今の時代は、優秀な人間を伸ばしまくって、程度の低い人間はほったらかしにしておいて、都合の良いように扱う。トータルで効率高い。そんな感じ。優秀な人間は、成果に見合った十分な報酬を手にする事が出来る。程度の低い人間は、効率の犠牲に。
今はまだ、旧世代の人間が経営者だったり、偉そうにしていられる時代なので、最近の若い連中にはちょっと厳しいのかもしれないけど、もうちょっとすると旧世代の人間も滅んでいくし、格が違う新しい世代の人間が台頭していくので、これからは、最近の若い人達が新しいやり方で社会を変えていくのだと思う。
旧世代の人間が死ぬのは、もうすぐだと思う。最近の若い連中は、今までの「最近の若い連中」とは全く違う。”
最近の若い連中ときたら・・・ (via rairaiken21)

Sep 11

なぜスタバで働く人々は誇りを持って働くのか

こんにちは。

僕は何を隠そう今フードサービス業やってるベンチャーのとある店の店長やっとります。

新卒で速攻店長職になり、ベンチャーという零細企業なのもあり基本的にマネジメントなんてされません。

どう店長としてやっていけばいいのかなんて誰も教えてくれない。

そんな環境で半年近くやってきて、やっぱり参考になるなーというお店は、かの有名なスターバックス。

スタバのことを現場目線で語る本はないものか、と探し当てたのがこちら。


人が輝くサービス スターバックスと僕の成長物語
posted with ヨメレバ
黒石 和宏 ディスカヴァー・トゥエンティワン 2009-08-05


スタバ銀座一号店にバイトとして入り、経営側にも回った現場叩き上げの人物が現場目線で書いた本です。
バリュー
売り上げをあげるということはつまるところどういうことか?

売り上げとは客数×客単価です。これが大原則。ここで著者は特に単価に注目する。

ここで著者はそもそも単価というものは貨幣に過ぎない、お客さんが買うかどうかは単価に上乗せされた価値(バリュー)だと主張する。

だから、「500円のフラペチーノが高い」と僕たちが言ってはいけない。500円というものは貨幣でしかなくて、それ自体に高いとか安いという判断はない。その貨幣に価値が乗ってはじめてお客さんはお金を払うかどうか決めることになる。

理屈はわかっていたものの、久々にこういうこと言われてハッとさせられた。大事なことを忘れていたなあ。
例えば僕は休みの日にお洒落カフェによく行く。数少ない休みの日に頭をすっきりさせたいからだ。
大体そういうとこは単価高いのだけど、「休みの日に非日常的な空間でくつろげる」とか「休みの日に自由が丘のオサレカフェで読書してる俺カッコいい」とかそういう自己満足的な経験ができるので、決してケチらないし、払う価値はあると思っている。(でも普段の食事代は節約する)
そうやって単価の上にどんなバリューを上乗せできるかがサービス業のミソなんだろうな。当たり前に思って自分が仕事する上で忘れていました。
Just Say Yes!
客数に焦点を当てると、売り上げを上げるためにはファンを増やすことが先決です。

そんなとき、スタバはJust say Yes!のポリシーを大事にしているそうな。具体的には

お客さんの言っていることにまずはちゃんと耳を傾けよう
そのニーズをちゃんとわかろう
そして、できるだけお客さんの立場やニーズを踏まえて「Yes!」と言えるようにしよう
ということだそうな。

確かにうちの店でも無茶な注文するお客さんは居る。あまりに会社が設定した規格を外れる注文なんかは門前払いで退けたこともある。記憶が確かなら、相手のお客さんはその後ムスッとして帰っていった。

本来はきちんと聞いて一度よく考えてみることが必要だったんだろう。そのときはお客さんが何を望んでいるか見えていなかったということ。

目の前のお客さんに興味を持って接することがファンを増やすことにつながる、と著者は言っています。確かに上述した例のお客さんなんかはもう店に来てくれないでしょう。

そこで出来る限り立場とニーズを踏まえた対応していれば、Noと言ってもまたきてくれたかもしれないです。

慣れ、飽きとの闘い

そして共感したのはここ。

飲食業の毎日は所謂ルーティンワークでである。来る日も来る日も店開けて営業して締めての繰り返し。

著者はここで責任感が身に付いたと言っています。

アルバイトが休んだら自分が出なければ行けないし、自分が抜けるようなことがあれば誰かに同じ苦しみを味合わせることになるし。うちの業態なんかは基本は1人営業なので、営業中自分一人に全責任がのしかかる。逃げればお客さんやメンバーを裏切ることになる。

そこで逃げずにやっていると自然と責任感が身に付く、ということ。忙しくしんどい業種ですがそういう側面もあるということでしょう。

やるべきこととやりたいこと

ただ疑問を呈したいところももちろんあります。

著者はやるべきこととやりたいことの関係性について述べた。

自分の「やるべきこと」を、心から「やりたい」と思えるようになってくると、本当の意味で強い自分になれる。

やるべきことに没頭することでそれを好きになる、仕事を好きになる、ということでしょうか。

やるべきことをやりたいことに転化できればそれはそれでいいことだけど、果たしてそれは万人に通用する論だろうか?

僕はやるべきことがどうしても好きになれないことなら、やるべきじゃないと思う。自分が自然にモチベートされることをやればいい。

思考を、嗜好を転換して無理矢理好きになるくらいなら、気づいた時点でスパッとやりたいと思える方向に方向転換すべきじゃないか。でもまあ、今自分がやるべき仕事におもしろみを見いだすことは大切だけど。

多分著者はものすごくポジティヴで強い。でもそういう時代でもないのかもなあとも思う。個人的にはポジティヴ過ぎる人は苦手だ。

なぜスタバで働く人は誇りを持って働けるのか

ここが僕が最後に参考にしたいところ。

結論としては、スタバで働く人はみな、スタバで働くことで価値(バリュー)を作っているという喜びを持っている。そしてそれが誇りなのだ。

ブランドとは価値(バリュー)だ。なんという強いブランドだろう。

ということは、僕が今の会社でブランドを現場から作っていくためには毎日お客さんにどうすればうちの商品を安いと思ってもらえるかを追求することに他ならないのだろう。

明日から意識していこうと思います。

この点に気づけただけでも、本書を読んだ価値はあったなー。そしてまたこれがこの本のバリューか。


Aug 17
■リヒト ホットメルトシート
*ホットメルトシートには3mmごとにミシン目が入っているので製本する厚みにあわせて使用できます。
糊のみですのでご自分で用意した紙を表紙にする際使用します。

写真はホットメルトシート
適合サイズ 入り数 品番 税込特価 注文番号/カート B4(15インチ)サイズ用
シートサイズ374×140mm
10シート M-1081

税込特価   
(税別送料別)

102-0014 A4サイズ用
シートサイズ289×140mm
メール便可能
10シート  M-1082

税込特価   
(税別送料別)

102-0015

*ただいまA4サイズM-1082が欠品中です。
商品性質上カットなどご自身で加工が可能です。B4用、B5用にて代用くださいますようお願いいたします。

B5サイズ用
シートサイズ249×140mm
メール便可能
10シート  M-1083

税込特価   
(税別送料別)

102-0016

 ご要望が高かったためM-1082(A4)、M-1083(B5)についてメール便での発送をお受けすることにしました。
注1、メール便1通で2冊まで発送可能。3冊以上お求めの場合、メール便通料金を複数いただきます。
注2、メール便は出荷後お届けまで4-5日かかります。配達指定はできません。郵便受けに入れて配達完了となります。
注3、メール便は代金引換ができません。ご入金確認後の商品発送に限ります。
注4、メール便は出荷後、輸送上紛失などが起こった場合でも商品代金が保証されません。ご理解いただけるお客様のみご利用ください。

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Aug 7

会社帰りに毎日30分、マクドナルド勉強した

当時は激務だったので、自宅に帰ったら即お風呂→即寝でした。

家に着くと1時を回っていて、ヘロヘロになりながら化粧を落としてお風呂に入って、泥のように4時間くらい眠ったらまた起きて出社、という生活だったので、勉強時間の確保とかなにそれ?という感じだったため、

会社→自宅最寄り駅のマクドナルド→家

というふうに強制的に、家ではない勉強できるスポットに寄って、集中して勉強をして、あとはいつも通りに帰って即寝、というスケジュールで毎日勉強をしました。たぶん当時だと深夜1時~1時半が勉強タイムだった覚えがあります。

家に着いてからうっかりテレビをつけたりネットしたりしちゃうと30分ってあっという間ですが、集中して勉強する30分って、けっこう進められるんですよね。

なので、仕事鞄の中に資格用のテキストを入れて常に持ち歩いていました。仕事の書類が多くて鞄に入らなそうなときは、章ごとにコピーしたものをクリアファイルにして「この章が終わるまで今週は頑張る」というふうに区切ったりとか。


自宅最寄り駅→自宅までの間で勉強できる場所を見つける

で、マクドナルドは別にお店指定ではなく、

  • 駅から近くにある
  • 深夜までやってる
  • 毎日通っても金額的に負担が少ない
  • お店の人が適度に放置してくれる

という要件を満たしてくれるところなら、どこでもいいと思います。

30分、コーヒー1杯分程度の時間でバーッと勉強をして、お店に迷惑がかからないくらいで切り上げて「あとはうちに帰って寝られる!」と思うと、集中できました。

会社でクタクタになるまで働いて、家に着いて気持ちがゆるむと「さあここから勉強」という体力も気力も残っていない状態だったので、会社帰りでまだ頭が仕事モードな流れを残したまま勉強するようにしたのもよかったんだと思います。


結果、めでたく資格取得

それを2ヶ月くらい続けて一気にテキストを消化して、毎日深夜帰宅を続けながら、無事に試験合格

これは大きな自信になりました。

もともと物凄く意志が弱く怠け者なので、時間と場所を決めて無理やり環境を作ったのがよかったみたいです。

資格取得後は同じように、会社帰りにファストフード店に寄って30分だけその日の仕事を整理したり、私生活も含めたTODOリストの洗い出し時間にあてたり(○○さんに御礼状書く、とか冷凍庫整理する、とか…)していました。

この考え方ってスターバックスが提唱している「サードプレイス」に当たるのかもしれないのですが、近所のスタバが深夜営業していなかったので…

家庭や職場・学校に次ぐ第三の生活拠点。私たちはそんな“サード プレイス”を目指して、これからも新たなチャレンジを続けていきます。

http://www.starbucks.co.jp/company/stores.html

いずれにせよ、勉強に限らず、自分ひとりになれる場所を持つ、というのはすごくいいことだと思います。

終電=定時だったわたしが勉強時間を確保するためにした1つのこと - インターネットの備忘録

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